開発・企画インタビュー 次世代の対物レンズを生み出す

社会の根幹を支えるデジタル技術。いま、ライフサイエンスの分野でもデジタルイメージングが必須となっています。そのニーズに応えることを目的とした、生物顕微鏡用対物レンズ「CFI プランアポクロマート Lambda D」。ライフサイエンス関連の分野で、検査から研究・開発まで幅広いユーザーのサポートを目指して生まれたこの製品について、企画、設計の担当者がその想いを語ります。

デジタルイメージングのための性能を目指して

CFI プランアポクロマート Lambda Dは、これからのライフサイエンスに必須の「大容量データ取得」、「デジタル解析」、「マクロ観察」のための対物レンズです。視野周辺の減光を抑えた歪みのない広視野で、スクリーニングの高速化、シームレスなタイリング、マクロサンプルの効率的な観察が可能。また、UV域の大幅な色収差改善によって、405nmからの多色観察に最適です。

千葉:現在の顕微鏡観察は試料をデジタル画像としてキャプチャし、そこからさまざまな分析・解析を行う方法が主流となっています。当然、対物レンズにもデジタルイメージングに対応した性能が求められます。今回開発した『CFI プランアポクロマート Lambda D』のLambda D(ラムダD)という名称は、従来の対物レンズλ(ラムダ)シリーズから継承した“λ”と将来のニコン・デジタル顕微鏡ソリューションの象徴“D”を併せ持つネーミングとなっています。

ヘルスケア事業部
マーケティング統括部
マーケティング部 第一商品企画課
(CFI プランアポクロマート Lambda D 商品企画担当)

千葉 幸子

佐藤:デジタルイメージングに応える対物レンズを設計する上で重要な課題となったのが、より広い画像を得るための「広視野」、光の波長の違いによって生じる、色のにじみなどを効果的に抑える「優れた色収差補正」、レンズの明るさと解像力の向上に直結する「高NA(開口数)」です。いずれもレンズの基本要素ですが、デジタルに対応するためには、よりシビアなスペックが求められます。

光学本部
第一開発部
第一設計課
(CFI プランアポクロマート Lambda D設計担当)

佐藤 駿

千葉:ターゲットは、臨床・病理や創薬、そして最先端の研究・開発分野まで、ライフサイエンスに関連する幅広いユーザーでした。最初に従来の対物レンズ、Lambda、Lambda S※1、VC※2の長所を集約した基本性能の充実を図り、さらにデジタル対応のための性能向上に取り組みました。これは今後のライフサイエンスに必須の「大容量データ取得」、「デジタル解析」、「マクロ観察」を実現するためです。

佐藤:デジタルイメージングへの対応として低中倍の視野を広げ、より迅速で高解像なスクリーニングを可能にすることが要求されました。これは試料をデジタルカメラで撮影する際に、画面の隅々まで鮮明な像を得るためです。そして中高倍は色収差補正の向上で、深部観察(3D)や深部+多色観察(4D)で、より複雑な生命現象を鮮明に捉えることを目指しました。

※1 Lambda、Lambda Sは可視域から近赤外域までの色収差補正を実現
※2 VCは紫外域での色収差補正を実現

ニコン 生物顕微鏡用対物レンズ

CFI プランアポクロマートLambda D

より広く、深く、鮮明に生命現象を捉える

佐藤:Lambda Dは、さまざまな満たすべき要件のため光学設計の難易度が上がり、それと同時に鏡筒の構造設計に求められる精度もより高くなりました。そのため、まず光学ガラスの材質・特性や、凹レンズ、凸レンズの組み合わせの配置を根本から見直すことから始めました。その意味では、Lambda Dは、従来の概念を超える新世代の対物レンズであると言えます。

千葉:技術的なハードルとともに、コストに関しても性能や強度を担保した上で可能な限りこれを抑えることを目標としました。これは、ライフサイエンスのあらゆる分野に貢献するという目的を達成するための重要な課題でした。

佐藤:先ほど設計上の重要課題として挙げた、「広視野」、「優れた色収差補正」、「高NA」に関して、まず“広視野”は、レンズに高屈折率の硝材を用いることで、このクラス最大のFOV(視野数)25を達成しました。そして“優れた色収差補正”には異常分散硝材(EDガラス)を採用しました。これは色によって波長が異なることで焦点にズレが生じて色がにじむ色収差を大きく抑えます。そして“高NA”に関しては、レンズの縁を極限まで薄くする縁薄加工技術を適用しました。これによって、実質的なレンズの口径が大きくなり、より明るく高解像な顕微鏡画像を得ることを可能にしました。

【光学技術における、ニコンの3つの技術革新】

<高屈折率ガラス>

対物レンズ先端(左側)の先玉(赤)に、高屈折率ガラスを採用し像面湾曲を補正。

<異常分散硝材(EDガラス)>

異常分散硝材(EDガラス/赤・青)を用いることで、405nmからの色収差を補正。
※2Xおよび40Xの対物レンズは488nmの励起光から対応。

<縁薄加工技術>

レンズの縁厚を極限まで薄く加工し、有効径を拡大。

千葉:肉眼での観察は視野中心部の解像が重要です。ユーザーはステージを操作し、見たい部分を中心に移動するためです。一方、デジタルイメージングでは、画像取得後に詳細な観察のため中心から周辺まで、さまざまな部分を拡大したり、大型サンプルのマクロ観察用に、数十枚の画像から一枚の大きな画像を作成(タイリング)したり、解析用に画像の定量化を行ったりします。そのため、視野周辺部まで平坦で高解像、色にじみなどがなく、より明るい画像が必要となります。Lambda Dは「広視野」、「優れた色収差補正」、「高NA」を実現したことでそのニーズをクリアしました。まだ試作段階のものを、経験豊富な海外のスタッフに見てもらったとき、『とても明るく、解像力も高い、素晴らしい対物レンズだ』という評価をもらえたことがとても嬉しかったです。

従来の対物レンズ

CFI プランアポクロマート Lambda D 対物レンズ
(周辺光量の低下が少ない)

CFI プランアポクロマート Lambda D 40Xの画像

CFI プランアポクロマート Lambda D 40Xの画像64枚をタイリングしたマクロ観察用画像

佐藤:設計の難易度が最も高かったのは、405nmの周辺性能を向上させ、かつ広視野、高NAを両立することでした。設計者同士で何度も相談し、レンズの保持についても、結像にズレを生じさせる偏心が出にくいように、最適解に落とし込みました。また、ニコンでは社内で光学ガラスの開発、製造を行っているため、原料となる硝材選びの段階から、設計者の意見を取り入れることができます。それは設計の解空間を広げてくれるニコンの重要な要素技術となっています。目指す性能のためには、加工が困難なレンズ形状も必要になります。しかし、光学ガラスの製造現場と密にやりとりをして、最適な形状を実現することができたのです。硝材に関しても、調達性、加工性の評価を即座に行い、設計、製造に活かせるかの判断を迅速に行うことができました。

ベテランから初心者まで、幅広いユーザーに貢献する

千葉:最近、特に若い研究者の人たちはモニターで試料画像を確認することが普通になっています。それは、フィルムカメラがデジタルカメラに変わった感覚に似ているなと感じます。この対物レンズがデジタルイメージングに活かされることで、顕微鏡を使うことに慣れたベテランはもちろん、若い研究者、初心者の方たちも、より簡単に高精細な画像を得ることができる可能性を提供できるのかなと考えます。それによってユーザーが、もっと創造的な仕事に取り組めることに貢献できればと願っています。

藤:対物レンズは顕微鏡の眼。その光学性能が試料の観察から画像データ取得までのすべてに影響を与える重要なデバイスです。多くのユーザーにとって、本当に魅力的なスペックがどこかを、関連する部署の仲間たちと議論し続け、それを実現するための必要な準備を数年かけて行いつつ、ようやく理想的な製品を完成させました。だからこそ、より幅広いユーザーに使っていただきたいのです。特に短い波長、405nmの励起光による観察に非常にこだわりましたので、その視野の素晴らしさを、ぜひ体験していただきたいです。