アプリケーションノート

近位尿細管の生体模倣システムの3Dイメージング

2023年12月

生体模倣システム (Microphysiological System: MPS) は生体内を模した環境を構築した3D培養システムであり、医薬品の前臨床試験においてヒトの生体内環境を考慮した評価を可能にするツールとして、また倫理的な観点から動物実験を代替する手段として近年注目されている。Nortis社のParVivo™ Platformは、血管や尿細管などの液体が内部を流れる管状の組織を、灌流培養下で構築可能なMPSである。3D空間に細胞を取り巻く環境を忠実に再現することで、従来の2D培養よりも生体組織に近い状態の研究が可能になる。すでに再生医療、医薬品開発、毒性評価、疾患研究など、さまざまな研究分野で利用されており、新たなin vitro 評価法として期待されている。

本アプリケーションノートでは、ParVivo™ Platformを用いて構築した近位尿細管モデルにおいて、ヒト腎近位尿細管細胞上の一次繊毛 (primary cilia) を、共焦点レーザー顕微鏡システムAX/AX Rにより観察した例を紹介する。 AX/AX Rは従来の共焦点顕微鏡よりも広範囲に、高解像度な3D構造を捉えられるため、直径約200 nm程度である一次繊毛のような、小さな構造物を鮮明に観察することが可能である。

キーワード:生体模倣システム(MPS)、Organ-on-a-chip、3D培養、共焦点顕微鏡、近位尿細管、一次繊毛、再生医療、医薬品開発、毒性評価、疾患研究

ParVivo™ Platformを用いて構築した近位尿細管モデルの3Dイメージング

ParVivo™ Platformを用いて、コラーゲンゲル中に形成した管腔にヒト腎近位尿細管細胞 (RPTEC/TERT1) を播種し、灌流培養することで、近位尿細管モデルを構築した (図1 A)。固定処理後、一次繊毛のマーカーであるARL13Bと核を染色し、共焦点レーザー顕微鏡システムAX Rを用いて3Dイメージングを行ったところ、RPTEC/TERT1が管腔構造を形成していることが確認できた (図1 B)。また、YZ方向の2D画像により、一次繊毛が管腔の内側表面に局在することが確認できた (図1 C)。さらに、管腔構造の上下それぞれ13 µm範囲の二次元最大値投影(MIP)画像を比較したところ、Z距離が150 µm以上異なっても同様に精度の高い画像が取得可能であることが示された (図1 D)。

サンプル:
細胞種:不死化ヒト近位尿細管細胞株 RPTEC/TERT1
青: 細胞核 (Hoechst)、緑: 一次繊毛 (ARL13B)

撮像条件:
顕微鏡システム: Ti2 + AX R
対物レンズ: CFI Apo LWD Lambda S 40XC WI (NA : 1.15)
スキャナー:ガルバノ
XY: 2048 x 990 画素 (0.22 µm/画素)
Z: 635 slices (Range: 162.44 µm, Step: 0.256 µm)
Z Intensity Correction*1使用

*1:Z方向における輝度の差を補い、同程度の明るさに画像取得する機能

図1. コラーゲンゲル内の近位尿細管モデルの3Dイメージングと一次繊毛の局在

(A)培養・観察に使用したParVivo™ Microfluidic Chipの外観および、チップ内に構築した近位尿細管モデルの明視野画像、
(B)近位尿細管モデルの共焦点顕微鏡による蛍光3Dイメージング像、
(C) X幅50 µmの範囲を最大値投影したYZ方向の2D画像、スケールバー:20 µm
(D) 対物レンズに近い位置(Bottom)と遠い位置(Top)においてそれぞれZ幅13 µmの範囲((C)のピンク枠)を最大値投影した2D画像。スケールバー:20 µm

General Analysis 3を用いた一次繊毛の解析例

General Analysis 3 (GA3) は画像統合ソフトウェアNIS-Elementsの画像処理・計測モジュールであり、様々な画像解析をGUIで簡単にカスタマイズ可能である。このGA3を用いて一次繊毛の配向について解析を行った。底面側の部位で二次元最大値投影画像内の一次繊毛の領域を抽出し、培地が流れていた方向 (X軸) に対してフェレー径が最大となる角度を算出し、その角度を一次繊毛の向きとした (図2 A, B, C)。その結果、画像中の一次繊毛が灌流方向に沿って配向していることを数値的に示すことができた (図2 D)。

2. 一次繊毛の配向の解析

(A) 解析に用いた画像、(B) GA3を用いて抽出した一次繊毛の領域 (マゼンタ)、(C) 一次繊毛の向きの算出方法、(D) 画像から算出した一次繊毛の配向を示した円形ヒストグラム (n = 85)

ParVivo™ Platform

ParVivo™ Platformは生体組織の再現や生理学的環境の模倣を可能にする革新的技術であり、 Microfluidic Chip 、 Perfusion Module 、 Perfusion Systemから構成される。近位尿細管の他にも血管や血液脳関門などの様々な組織をMicrofluidic Chip内に容易に再現できる。さらに、 Perfusion ModuleとPerfusion Systemにより、組織に合わせた灌流量を一定に制御することで、生体組織内の流量とせん断応力をより正確に再現しながら細胞の生存や機能を長期間保持することが可能になる。

また、顕微鏡観察がしやすいようにデザインされており、実験終了後に固定したMicrofluidic Chipの観察だけではなく、 Perfusion Moduleにセットした状態、すなわち培養期間中でも蛍光観察が可能である (図3)。

3. ParVivo Platformの概要

Step1.コラーゲンなどの細胞外マトリックスを、ガラスファイバーが挿入されたチャンバー内に注入する。マトリックス内に細胞を混ぜておくことも可能。
Step2.ゲル形成後、ガラスファイバーを引き抜くとゲル内に管状の灌流路ができる。その中に上皮細胞などを播種し灌流培養する。
Step3.ゲルに細胞が貼りつくことで、血管や近位尿細管などの管状組織が再現される。管腔内から、または細胞外マトリックス側から薬剤などを管状組織に添加することが可能。

まとめ

Nortis社のParVivo™ Platformにより構築した近位尿細管モデルを、共焦点レーザー顕微鏡システムAX/AX Rを用いて撮影した。その結果、コラーゲンゲル中に形成されたRPTEC/TERT1の管状構造や一次繊毛の構造およびその灌流方向に沿った配向を、管腔構造の全領域において鮮明に捉えることができた。

ParVivo™ Platformは様々な組織をより生体に忠実な形で再現することが可能である。また、共焦点レーザー顕微鏡システムAX/AX Rおよび画像統合ソフトウェア NIS-Elementsは、高解像度で詳細な撮影や定量的な解析を実現する優れた性能を持つ。これらを組み合わせることで、疾患メカニズムや治療法の開発においてより正確なデータの取得が可能になり、医学・生物学の研究分野や医薬品開発において強力な研究ツールとなることが期待される。

参考文献

石田 誠一, 金森 敏幸, Microphysiological system(MPS)の期待と現状, 日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.), 154, 345-351.(2019).

Anna Tourovskaia et al. Brief Communication: Tissue-engineered Microenvironment Systems for Modeling Human Vasculature, Exp. Biol. Med., 239(9): 1264–1271. (2014).

Elijah J. Weber et al. Development of a microphysiological model of human kidney proximal tubule function, Kidney Int., 90(3): 627–637. (2016).

使用デバイスのご紹介

ParVivo Platform (製造元:Nortis)

微小流路チップ、灌流モジュール、空気圧ポンプの組み合わせで、生体模倣システムの作成・培養維持・観察をサポート。テスト化合物の灌流や、灌流しながらのライブイメージングも可能です。

製品情報

共焦点レーザー顕微鏡システム AX/AX R

広視野と高解像度で、広範囲にわたる生命現象を逃さず捉えます。AX Rは高速スキャンにより、生体試料に与える光毒性を低減します。

  • 高速:
    最速毎秒720フレーム(レゾナント2048 ×16画素)

  • 高解像度:
    最高8K (ガルバノ)/2K (レゾナント)

  • 高スループット:
    視野数25 mmの超広視野