電気生理学

電気生理学とは、生体によりおこされる電気現象を主として、生物の機能を解明していく研究です。これは、従来の臨床現場での組織/臓器を対象にした電気的記録法(心電図検査)を指すこともありますが、同様に、顕微鏡との組み合わせによる細胞などを対象にした記録方法を指すこともあります。中でもパッチクランプ法は、イオンチャネル機能を研究する典型的な手法です。細胞膜全体にわたる総電流の記録、もしくは単一チャネル電流を直接記録する手法があります。これにより、in vitroでの細胞培養、切除した組織、in vivoなど、さまざまなモデルでの記録が可能です。

パッチクランプ法では、ガラスマイクロピペットを細胞膜に圧着させ、膜片「パッチ」をピペットの開口部内に吸引します。パッチ内にイオンチャネルが含まれていた場合、イオンの移動による微小な電流を測定することができます。ホールセル法や穿孔パッチ法では、サンプルに蛍光染色を行うことで、顕微鏡と組み合わせてイメージングが行えます。たとえば、カルシウムイメージングが代表例です。

電気生理学に関連する製品

正立顕微鏡ECLIPSE FN1は、電気生理学実験に対応する、ニコンの顕微鏡の主力機種です。サンプルへのアクセス性に優れたスリムなI字型のボディにより、マニピュレーターなどの装置を配置するための広いスペースが確保できます。対物レンズの切り換えには、マニュピレーターや容器に干渉する心配のない、上下動式対物レンズ退避機構を採用しています。退避量が15 mmと大きいため、実験に合わせて幅広い形状の容器が選択できます。

FN1は、共焦点システムを搭載することにより、さらに深部のイメージングが可能です。共焦点レーザー顕微鏡システムAX/AX Rは、深部観察の可能なポイントスキャン共焦点顕微鏡です。AX Rはレゾナントスキャナーを搭載し、最速720フレーム/秒(2048 x 16画素:バンドスキャン)の高速取得を実現。カルシウムダイナミクスなどの高速な動態をイメージングできます。

●:使用可能 , ⚬:オプション

正立顕微鏡ECLIPSE FN1(落射蛍光観察のみ) AX/AXR共焦点レーザー顕微鏡システム*
視野数 対角25mm
(落射蛍光;円形)
対角25mm
(共焦点;正方形)
ズーム倍率 0.35X、2X、4X(落射蛍光;FN-DP変倍ダブルポートを使用)

1.0X、1.25X、1.5X、2.0X(落射蛍光;FN-MT変倍ターレットを使用)
1 – 1000X(共焦点;連続可変スキャンズーム)
相対的最大観察深度 ~ 5 µm
~ 15 – 25 µm
(デコンボリューション時)
~ 100 – 500 μm
観察方法 ECLIPSE FN1 AX / AX R*

明視野

yes no
共焦点 no yes
微分干渉(DIC) yes no
IR-DIC yes no

斜光照明

yes no
簡易偏光 yes no
落射蛍光 yes no

*表に記載した共焦点システムおよび多光子共焦点システムとともに使用可能な観察方法は、システムを搭載する顕微鏡により異なります。 たとえば、ECLIPSE FN1顕微鏡にAX/AX R共焦点システムを搭載する場合、FN1で可能な観察方法が使用できます。

電気生理学について

外植脳組織の神経細胞をパッチクランプし、正立顕微鏡FN1を使用して取得したIR-DIC画像

電気生理学実験に使用する観察方法

電気生理学実験ではサンプルの蛍光標識が一般的に行われますが、これはパッチクランプ記録には必要ありません。このため、通常、サンプルの観察にはラベルフリーのイメージングが行われます。しかし、サンプルは非常に厚いことが多く(数百µm厚さの脳スライスなど)、光が散乱し、詳細な観察の行える深さが制限されるため、イメージングが困難となる場合があります。

明視野や位相差などのラベルフリー観察法は、接着細胞培養などの薄いサンプルの観察に有効ですが、厚い組織切片やin vivoでのイメージングには適していません。一方、微分干渉(DIC)は光学セクショニング効果があり、高解像度でありながら深部イメージングが可能です(DICは対物レンズの最大開口数を利用します)。

しかし、DIC単独では観察に不十分なことがあるため、ニコンでは近赤外線(NIR)照明とそれに対応する光学部品を使用した、近赤外線DIC(IR-DIC)観察を提供しています。近赤外光は、可視光と比べて波長が長いため、散乱サンプルのより深くまで透過します。これにより、可視光DICでは観察不可能だった深部において、神経細胞の一つ一つを識別することができます。

電気生理学実験で使用される対物レンズ

電気生理学実験では、通常、顕微鏡にウォーターディッピング対物レンズを装着します。この対物レンズの先端は、メディウムに(カバーガラスなしで)直接浸漬されます。電気生理学で使用するウォーターディッピング対物レンズの多くは、その先端部が、セラミックなどの化学的に不活性で絶縁性の素材で作られています。この対物レンズは形状も重要で、対物レンズの先端の角度が鋭角になっている必要があります。これにより、マニピュレーターがサンプルにアクセスしやすくなります。

CFI60ウォーターディッピングシリーズ対物レンズは、高度な収差補正と近赤外域までの高い透過率を備えているため、特にIR-DICや多光子イメージングとの組み合わせで、電気生理学研究に適しています。すべてのCFI60ウォーターディッピング対物レンズはIR-DICに対応しており、NIR 40XWレンズとNIR 60XWレンズは特に高い近赤外透過率を誇ります。CFI Plan 100XC W対物レンズは、球面収差を補正できる補正環を搭載しています。

16倍および25倍のCFI75ウォーターディッピングシリーズの対物レンズは、M32のネジ径と75 mmの同焦点距離を備え、CFI60レンズよりも物理的に大きいため、大型の光学系を内蔵できます。より広い角度の光を収集できるため、長い作動距離とともに高い開口数(NA)を達成しています。CFI75 LWD 16X Wは、「単対物レンズ」の用途に評価が高く、FN-DP変倍ダブルポートを使用して5.6倍、32倍、および64倍の倍率で使用できます。CFI75アポクロマート25XC W 1300は、ニコンの対物レンズの中でも特に明るい製品であり、1300 nmまでの波長域で高い透過率と収差補正を実現しています。すべてのCFI75ウォーターディッピング対物レンズは、IR-DICに対応しています。

電気生理学やオプトジェネティクスのための顕微鏡構成

チャネルドロプシン-2 (ChR2)を代表とする光活性化タンパク質は、光照射による神経細胞活動の高速制御を可能にしています。神経細胞や筋細胞の光遺伝学的電気刺激の読み出しには、パッチクランプ記録が用いられます。これにより、神経細胞の局所的および距離のある対象間での機能的な接続について、直接評価することが可能になります。オプトジェネティクスにおける光刺激は、通常、専用の光刺激装置を使用したパターン化照明により行われます。

正立顕微鏡FN1には、手動のシングルスポット光刺激装置のほか、デジタルマイクロミラーデバイス(DMD)が搭載できます。DMDは、回折限界に近い構造を持つ任意形状の照明パターンによる照射が可能です。このため、最大4000 Hzの切り換え速度で、任意のパターン形状による刺激を、高い精度でターゲティングできます。

用語解説

ズーム倍率
FN1顕微鏡のような落射蛍光顕微鏡の場合は、通常、変倍アクセサリーなどを使用して、あらかじめ決められた倍率での光学ズームを行います。一方、ポイントスキャン共焦点システムでは、一般的にスキャンズームを行います。スキャンズームは、高いピクセル解像度を維持しながら、限られた領域のみをスキャンすることにより、光学ズームのような機能を実現します。
相対的最大観察深度
十分な解像度とS/N比で画像取得できる、おおよその観察深度範囲(Z軸)を指します。この値は、サンプルや容器の光学特性や蛍光標識などにより大きく変動します。
視野数
対物レンズ倍率1倍における観察範囲の直径です。
観察方法
電気生理学のための顕微鏡システムは、通常、ラベルフリーでのイメージングを行うために、IR-DICなど少なくとも1つの透過光観察法が可能です。実験に応じて、蛍光イメージング法(落射蛍光、共焦点、多光子共焦点など)も選択できます。