基礎知識(上級編)

1. カバーガラス

一般にスライドガラスの上に置かれた生物標本は、カバーガラスによって保護されています。したがって顕微鏡を用いて標本を観察する場合には、常にカバーガラスを通して見ていることになりますが、実はこの薄いガラス板がかなり重要な要素であることをご存知でしたでしょうか。

顕微鏡に使用されるカバーガラスは、日本工業規格によりその規格が定められていて、例えば光学的に関連の深い項目には次のようなものがあります。

屈折率 neアッベ数 υe平面度厚さ
呼び名厚さの範囲
1.5255±0.0015=56±20.010mm以下No.10.12~0.17
No.1-S0.15~0.18

このように、カバーガラスもきちんとした規格に基づいて作られており、生物用の対物レンズはこれらの規格にあわせて設計されています(通常は厚さ 0.17 mm)。ですから、顕微鏡を正しく使うには、まずこの規格に合ったカバーガラスを使用することが大切です。

2. カバーガラスと球面収差

カバーガラスを通して標本を観察するには、なぜそれに合わせて設計された対物レンズが必要なのでしょうか。

日常、私たちがものを見る場合、その上に板ガラスを置いたとしても、物体が少し浮き上がって見える以外は特に大きな変化は見られないと思います。これは、物体上の一点から出た光が人の瞳に対して張る角度、もっと光学的にいえば物体側NAが非常に小さいからです。つまり、NAが非常に小さければカバーガラスは観察に対してほとんど影響を与えないともいえます。

しかし、対物レンズのように物体側NAが大きくなってくると、たとえ薄いカバーガラスでも像質を悪化させます。その最大の原因は球面収差によるものです。

図1にあるように、物体上の点Pから出た光線L0~L3は、それぞれカバーガラスを出るときに屈折の法則に従って屈折し、その後対物レンズに入射して像を結びます。これを対物レンズの側から見ると、図の点線で示されているようにそれぞれの光線が異なる点から出ているように見えます。ここで注意したいのは、NAが極めて小さいL0の光線も実際に物体のある点Pから出ているようには見えません。これが目で見たときに浮き上がって見える原因で、その深さP0は厚さdをその屈折率nで割った値になります。この位置が基準となり、ここからのずれが球面収差です。

光線L1のように比較的NAが小さい場合、点P0からのずれは僅かですが、NAが大きくなるにしたがって、そのずれ、即ち球面収差も大きくなります。ですから、NAがある程度大きい生物用対物レンズでは、カバーガラスで発生する球面収差も含めた収差設計が必要になるのです。

3. 補正環

一般的に生物用対物レンズは、カバーガラスの厚さが0.17mmとして設計されています。しかし、冒頭で述べたようにたとえ顕微鏡用として規格内にあるものを使用しても、その厚みは0.12~0.18mmまでバラつく可能性があります。

カバーガラスによって発生する球面収差は、厚くなるにしたがって大きくなりますので、基準の0.17mmより厚いものを使用すると、対物レンズで補正した量を超えてしまいます。逆に薄いものは、球面収差が小さくなるから良いかというとそのようなことは無く、今度は想定していた球面収差量に満たなくなるため、対物レンズの球面収差が残ってしまいます。つまり、基準の厚さから厚くても薄くても球面収差は発生してしまうわけです。

図2はカバーガラスの厚さの誤差が、像質にどのような影響を与えるかを示したものです。横軸はカバーガラスの厚み誤差、縦軸は点像強度分布で理想的な結像状態を1としたときの像の劣化度合いを示したものです。これを見ていただくと同じ厚さの誤差であってもNAによって全くその影響が違ってくるのがわかると思います。例えば、NA0.95の対物レンズでは僅か0.01mmの誤差でさえ理想値の半分以下になってしまいます。逆にNA0.4の対物レンズでは0.1mm誤差があったとしても像質にはほとんど影響がありません。

図3は実際にNA0.95の対物レンズで適正なカバーガラスを使用したときの画像(a)と、誤差のあるカバーガラスを使用したときの画像(b)の比較です。後者はコントラストが悪く、ボケたような画像になってしまいます。

適正なカバーガラス使用 (a)

厚み誤差のあるカバーガラス使用 (b)

それでは、高開口数の対物レンズを理想的な状態で観察するには、カバーガラスの厚みをよほど慎重に測り、選別して使用しなければならないことになってしまいます。しかし、それはなかなか容易な作業ではありません。そこで、それを解決するために高開口数の対物レンズのほとんどに備えられている機構が補正環と呼ばれるものです。

この対物レンズにつけられたリング状の金物は、それを回すことによって、その中のレンズ群の一部が光軸方向に移動し、カバーガラスの厚み誤差で発生した収差を打ち消す働きをします。ですから、観察者は像を見ながら補正環を少しずつ回し、最もよく見えるところを探せばよいわけです。このとき、ピントを前後にずらしながらそのボケ方が均等になるように補正環を回していくと最良なところを比較的見つけ易くなります。ただし、補正環も万能ではありませんので、厚み誤差が規格を超えて大きいものや材質の異なるカバーガラスなどは使用できません。一般的にこのような高開口数の対物レンズを使用する際は、厚み誤差の少ないNo.1-Sのカバーガラスを選ぶことが望ましいです。

最近では顕微鏡の観察方法も多様になり、要求される性能も高くなってきています。しかし、その性能を十分発揮するためにはカバーガラスや補正環というのが、大変大きな役割を果たしているということを少しでも理解していただけたら幸いです。

参考文献

清水義之著/菱光技報『光学の基礎知識』菱光社 昭和63年10月号