基礎知識(上級編)

1. 微分干渉のシャー量とは

微分干渉は、ヒトの目やカメラでは通常コントラスト良く観察することのできない微少な凸凹や透明な生体標本等(位相標本)を、コントラスト良く観察するための手法です。通常の明視野観察法とは異なる光学的な工夫がなされています。 特徴的なのは、結晶で出来た特殊なプリズムを光路に挿入することです 。

通常の明視野観察では、対物レンズを通った光が標本で反射して再び対物レンズを通り像を結びます。一方微分干渉観察では、結晶で出来た特殊なプリズムを対物レンズの手前に挿入します。(図1)

すると、光は

  1. 対物レンズを通ったところで微妙に横ずれした平行光となります。この横ずれ量のことを、シャー量(あるいはシア量、英語ではshear amount)といいます。標本表面上のシャー量分だけ離れた異なる位置で反射した光は、対物レンズへと戻っていきます。
  2. 再び対物レンズを通ってプリズムに戻った光は、そこで重ね合わされます。 光が標本上で反射した時の高さの差分が、二つの光の光路差(位相差)として付与されるため、これら二つの光を重ね合わせて干渉させることにより、光路差に応じたコントラストが得られます。
  3. プリズムの特殊な働きによって二つに分けられます。

図1

このようにして、微分干渉観察では明視野観察では見えづらい位相標本を感度良く可視化して観察することができます。ただし、像には方向性が存在し、コントラスト良く可視化できるのは光を横ずらしした方向に限られます。その方向をシャー方向(シア方向)と呼びます。

2. シャー量と分解

方眼ミクロメータをシャー量の小さいプリズムで観察しても像は二重に見えませんがシャー量の大きいプリズムを使用すると目盛りが二重に見えます(図2・右)。また、二重に見えるのがシャー方向(左上~右下斜め方向)のみで、それと垂直方向の線は二重になっていないことから、像に方向性が存在することも見て取れます。

図2 方眼明視野(左)、方眼小シャー(中央)、方眼大シャー(右)

サンプル:方眼ミクロメータ 倍率:10X 方眼明視野は、通常の反射明視野像

※見易さと説明のため、方眼小シャー・方眼大シャーともにDICプリズムを明視野の光路に挿入しただけの状態のため、「干渉」はさせていないので、これは正確には微分干渉像ではありません。

そこで、微分干渉顕微鏡ではシャー量を一般に概ね目の分解能以下にしてあることが多いのです。このことから、微分干渉観察で見ているのは空間的に十分小さい二点間の高さの差分、すなわち微少部分毎の傾き(=微分)であることがわかります。これが、「微分」干渉の名の由来です。

3. シャー量とコントラスト

シャー量が大きいと像の分解能が低下しますが、実はその一方で像のコントラストは高くなります。

これは、図3のように傾きのある標本を考えるとわかりやすいです。シャー量が大きいと、二つに分かれた光の光路差Δも大きくなるため、コントラストも高くなります。(図4)

図3 小シャー量、大シャー量のコントラストの違い

図4 IC明視野(左)、IC小シャー(中央)、IC大シャー(右)

シャー量によりDIC像のコントラストが変化する画像例

サンプル:ICパターン 倍率:10X

図5 IC小シャーとIC大シャー画像(図4)の線A-B関の強度プロファイル

明視野像ではパターンがはっきり見えませんが、DIC像ではコントラストが良く観察できます。小シャー画像と比べて大シャー画像の方がコントラストは高くなります。

上図4と右図5から、小シャー画像と比べて大シャー画像の方がコントラストは高いですが、一方で線幅は大シャーの方が太く、小シャーと比べて分解は悪いことがグラフから見て取れます。

以上の説明から、微分干渉観察における分解能とコントラストはトレードオフの関係にあり、それらはシャー量によって決まることがわかります。一般の微分干渉顕微鏡製品では、分解とコントラストのバランスを考えてシャー量を決めてありますが、標本によって必要とされる分解やコントラストが多様なため、一部製品では高分解あるいは高コントラストを重視した選択が用意されている場合もあります。

なお、ここでは反射型顕微鏡の構成に基づいて解説しましたが、透過型顕微鏡の場合でも原理的には反射型と全く同じです。ただし透過型では、照明光を二つに分けるプリズムと、標本通過後の観察光を再び重ね合わせるプリズム、計二つのプリズムを光路に挿入する必要があります。