顕微鏡の観察法

位相差観察とは

光の回折と干渉という現象を利用して、透明な標本に明暗のコントラストを付けて観察します。標本を染色する必要がないので、生きたままの標本を観察できます。

1. 位相差観察について

明視野観察では無色透明な標本(生体細胞や細菌など)に対して染色して組織の細部を観察しますが、この際、生体細胞などは変質、死滅してしまうため、細胞分裂や生きたままの姿を観察することはできません。

これに対して位相差観察は、光の回折、干渉という2つの性質を利用し、明暗のコントラストにより無色透明な標本を可視化するという観察方法です。この際、標本に染色を行う必要はないので細胞分裂や生きたままの姿を観察することができます。

従って、現在では生体組織の観察手段として欠かせないものとなっています。

図1 回折

2. 位相差観察の原理について

2.1 回折と干渉

位相差観察とは、前述のように光の回折、干渉を利用した観察方法です。

光の回折とは、光は波であるため図1のように光の進行方向に物が存在すると、光の一部は直進せず、物体に回り込んで進む性質を指します。

また干渉とは、図2のように位相の異なる複数の波【①、②】を重ね合わせた波【③】が強めあったり【A、Cの状態】、弱めあったり【Bの状態】する性質を指します。

図2 干渉

2.2 振幅物体と位相物体

光がある物体に入ると、物体内部で光が吸収されたりして光の振幅が変化し、人の目に明るさの差として感知されます。このように光の振幅に変化を与える物体を振幅物体(不透明な物体、染色した標本など)といいます。振幅物体は明視野観察により観察できます。明視野観察は図3のような構成で、簡単に説明すると、光源から出た光は試料面に到達し、回折されずに直進する直接光と、試料に当り回折した光とに分かれ、それぞれ対物レンズを通り対物レンズ後側焦点面に回折像が形成され、その後像面で干渉し像を作ります。このとき試料により光が吸収されているので、像に明暗や色調の変化が現れます。

これらのことから

結像光 = 直接光+回折光

一方、ある物体に光が入ったとき、その光に位相変化を与える物体を位相物体(無色透明な標本、生体細胞、細菌など)といいます。人の目は、振幅が同じで位相のみが異なる光の差を感知することはできません。この位相の差を可視化して人間の目で感知できるようにした観察方法が位相差観察です。

図3 顕微鏡の結像過程

2.3 位相差観察の原理

人間の目で感知できない位相の差を、どのように可視化するのでしょうか。まず、試料が位相物体であっても、振幅物体のときと同様に、試料に到達した光は試料のないところを通過した直接光と、試料に当り回折した光とに分かれます。従って

結像光 = 直接光+回折光 ・・・・(1)

と表すことができます。

変形すると

回折光 = 結像光―直接光 ・・・・(2)

となります。

図4 結像光と直接光と回折光の関係

ただし、試料が位相物体の場合は直接光と結像光の明るさは、吸収がないので振幅が同じになり、従って明るさも同じになります。また回折光は位相物体により位相が遅れています。

結像光は直接光(位相物体の影響を受けていない)と回折光(位相物体によって位相が遅れている)の干渉によってできるものなので、結像光は直接光に対して位相が遅れているということがわかります。この位相の遅れを とすると、図4のように表すことができます。回折光については (2) 式より求めたものです。

上図より、試料における光路差がごく小さい場合(即ちが微小になる)には、回折光は直接光に対して、約1/4λ位相が遅れることがわかります。

そこで位相差観察では、直接光の位相を1/4λ進めたり、遅らせたり操作することで、直接光と回折光の位相差が1/2λまたは0になるようにし、その干渉によって位相の変化を光の明暗として観察できるようにしています。

図5 ダークコントラスト(逆位相)

図5に示すように、直接光の位相を1/4λ進めて直接光と回折光の位相差を1/2λにすると、直接光と回折光は弱めあうので物体(回折光と直接光が干渉している部分)が暗く、背景(直接光がそのまま像面にきている部分)が明るくなります。このコントラストのつけ方をダークコントラストといいます。

図6 ブライトコントラスト(同位相)

また、図6に示すように、直接光の位相を1/4λ遅らせて直接光と回折光の位相差を0にすると、直接光と回折光は強めあうので物体が明るく、背景が暗くなります。このコントラストのつけ方をブライトコントラストといいます。

2.4 実際の顕微鏡の構成

次に、位相差観察における実際の構成を図7に示します。

  1. 光源から出た光は、まずリング絞りによって絞られます。
  2. コンデンサレンズを通り試料に到達します。
  3. 試料に到達した光は、試料内部を直進した直接光と、位相物体により回折し曲がって進んだ回折光とに分かれます。回折現象は屈折率に違いのある部位で発生するので、回折光は微生物と溶液との境界部分、微生物の内部構造部等、観察位相物体の形状情報を含んでいます。
  4. 標本の情報を持った回折光と直接光がそれぞれ、対物レンズを通り位相板に到達します。
  5. 位相板は光の位相を1/4λずらす1/4波長板と、光を吸収するNDフィルターがリング状に形成されており、位相版以外の部分は透明になっています。直接光は対物レンズによって集光され、リング状の位相板のところを通過するため位相を1/4λずれると同時に明るさが弱められます。一方、回折光は大部分が位相板の透明なところを通過するため位相も明るさも変化しません。
  6. 直接光と回折光は像面に到達して、明暗のコントラストがついた像として見えてきます。

図7 位相差観察の構成

図8 実際の顕微鏡における構成

3. 実際の顕微鏡における構成と調整

実際の顕微鏡における構成を図8に示します。

リング絞りをコンデンサレンズの前に配置し、位相板付き位相差専用対物レンズを用います。前述のように位相板はリング状の1/4波長板とNDフィルターとで構成され、リング絞りと光学的に共役の位置に配置されています。またリング絞りは対物レンズによって大きさが異なるため、対物レンズに表示されているリング絞りに切り換えることができるようになっています。

図9 リング絞りと位相リングの心合わせ

コントラストの高い良好な像を得るためには、図9に示すように必ずリング絞り(コンデンサレンズ側)と位相リング(位相差対物レンズ側)の心合わせ調整を行わなければなりません。

4. 位相差観察の長所と短所

4.1 長所

  • •位相差の検出能力は非常に高く、約1/1000λ程度までの光路差のあるものまで検出可能といわれています。
  • 像に方向性がないため、試料を置く方向によって像の見え方が異なることはありません。
  • 位相差専用対物レンズを使う必要があり、必ずコンデンサ側のリング絞りと組み合わせて位相差観察を行いますが、このときコンデンサ側を明視野用に変えるだけで対物レンズはそのままで明視野観察を行うことが可能です。

4.2 短所

  • 位相差の大きすぎる試料や厚さの厚い試料は、位相差観察には不向きです。
  • 試料の位相差が大きすぎると、明暗の逆になった像になったり、また場合によっては像が劣化して明視野像にも劣ったりすることがあります。
  • 大きな構造物などの境界部分にハローと呼ばれる光のくまどりのような独特の現象が生じ、微細構造が消えてしまうことがあります。
  • この欠点を補うには、他の観察方法との比較をしたり、ハローを減らし微細部分を強調できる特徴を持つアポディゼイション位相板を用いた対物レンズを使用する必要があります。アポディゼイション位相板については別項目で簡単に説明します。

5. アポディゼイション位相板について

アポディゼイション位相板とは、位相膜の周りに特殊な吸収膜を設けた位相板で、その作用は回折光の強度を弱めることです。直径10μm以上の物体では回折光のほとんどが弱められるためコントラストが低く描写され、逆に直径10μm以下の物体ではコントラストが高く描写されます。

参考文献

電子顕微鏡、日本顕微鏡学会第47回シンポジウム発表要旨集、平成14年11月27、28、社団法人日本顕微鏡学会、P105~108、大瀧達郎他

6. 作例

明視野と位相差の比較画像

明視野

位相差

アポディゼイション位相板の使用と従来との比較

サル腎臓細胞(新位相差)

(アポディゼイション位相板の使用でハローが軽減している)

サル腎臓細胞(位相差)

作例ご提供:宇都宮東病院 高岡聰子先生