顕微鏡の観察法

落射蛍光顕微鏡のしくみと蛍光フィルターの選択方法

落射蛍光顕微鏡に用いる各種フィルターの選択の仕方を、蛍光顕微鏡の仕組みを交えてご紹介します。

1. 落射蛍光顕微鏡とは

蛍光物質とは

蛍光物質とは、特定波長の光(励起光)を吸収し、それにより励起された状態(励起状態)から元の状態(基底状態)に戻る際に光(蛍光)としてエネルギーを放出する特性をもつ物質です。蛍光物質はその目的に応じて様々な種類が開発されており、その波長帯域も紫外から近赤外までと広い波長領域に渡っています。しかし、個々で比べてみると、一般に蛍光波長はそのエネルギーの大小関係から励起波長よりも長いという関係があります。

落射蛍光顕微鏡とは

落射蛍光顕微鏡とは上記の特性をもつ蛍光物質を観察するための顕微鏡になります。

光学系には、励起用の光源(一般的には水銀ランプ)と「フィルターキューブ」を有しており、フィルターキューブにより励起光と蛍光を分離しています。 そして、様々な蛍光物質に対応したフィルターキューブが準備されており、複数の蛍光物質で染色された試料などでもフィルターキューブを切替えながら連続的に観察することができるようになっています。

図1

2. 落射蛍光顕微鏡におけるフィルターの役割

フィルターキューブは、図1に示されるように2種類のフィルター及び1枚のダイクロイックミラーから構成されています。それらをうまく選択し、組み合わせることにより、効率の良い蛍光信号の取り込みが可能となり、背景光の低い蛍光観察が可能となります。以下にそれぞれの光学素子の役割を解説します。

図2

励起フィルター(Excitation filter:略称EX)

励起フィルターは、蛍光物質の励起に必要な波長の光を励起光源(一般には水銀ランプ)から抽出するための光学素子です。図2で示すように、特定の波長の光のみを透過し、それ以外の光を通さないようなバンドパスフィルターが一般的に用いられます。

図3

ダイクロイックミラー(Dichroic mirror:略称DM)

ダイクロイックミラーは、励起光と蛍光を分離するための光学素子になります。ダイクロイックミラーは日常的な「鏡」とは異なり、特定の波長の光のみを反射し、それ以外の波長の光を透過するという特徴をもちます(図3)。落射蛍光顕微鏡のフィルターキューブにおいて用いられるダイクロイックミラーは特に入射光に対して45°で配置されたときに図のような「反射」「透過」帯域をもつものが使用されます。これにより励起フィルターを透過した光はダイクロイックミラーにより反射され(90°折り曲げられ)対物レンズ及び試料方向へ導かれます。さらに試料から発せられた蛍光は透過され、観察者(もしくはカメラ)方向へ進むことができるようになります。

図4

吸収フィルター(Barrier filter または Emission filter:略称BA または EM)

吸収フィルターは、試料から発せられた蛍光とその他の不要な散乱光などを分離する光学素子となります。図4のようにダイクロイックミラーを透過した長波長の蛍光を透過し、その他の励起の漏れ光(試料や光学系からの散乱光)などは通さない働きをします(励起光に対する蛍光の強度比は100000:1以下と非常に小さい)。多くの吸収フィルターは、より良い蛍光画像を得られるように若干傾けて設置してあります(ゴーストの発生を抑えるため)。

図5

上記、励起フィルタ、ダイクロックミラー、吸収フィルタの関係性を表すと図5のようになります。

ノイズターミネータとは

ニコンの蛍光顕微鏡には独自の光学系として「ノイズターミネータ」を設けてあります*。 (図1) ノイズターミネータは、ダイクロイックミラーを通り抜けた励起光をきちんと処理することを目的として設置されており、それにより励起光がフィルターキューブ内で散乱され観察側へ漏れこむ現象を防いでいます。これにより、より背景光の低い蛍光画像の取得が可能となっています。

*ノイズターミネータはTE2000以降の製品に対応しています。

3. 蛍光用フィルタ及びミラーの選択

蛍光用フィルタ及びミラーの選択にあたっては、下記の手順で行います。

蛍光物質の波長特性

蛍光物質の波長特性を調べます。これは、カタログなどに記載されたものでも構いませんが、蛍光物質の波長特性は溶液条件(塩強度・pH・細胞の内外環境など)で若干変化しますので、蛍光光度計などを利用し励起と蛍光の波長特性を実測することをお薦めします。それらの波長特性と光学素子の波長特性を比較しながら、最適な光学素子を選択していきます。

図6

ダイクロイックミラーの選択

蛍光物質の励起波長と蛍光波長を上手く分離できるような波長特性のミラーを選びます。具体的には、45度に傾けて測定したダイクロイックミラーの透過分光特性曲線と蛍光物質の波長特性を見比べながら、ダイクロイックミラーの透過帯域の立ち上がり波長が蛍光物質の励起波長と蛍光波長の間にくるようなものを選びます。

蛍光物質の、励起波長と蛍光波長が近い(ストークスシフト*1が小さい)場合にはできるだけ蛍光信号を透過させるために短波長寄りで立ち上がるダイクロイックミラーを選びます。ダイクロイックミラーは立ち上がり波長だけでなく立ち上がりの傾きも意識して選びましょう。立ち上がりが緩やかなダイクロイックミラーの場合、蛍光信号の透過率を下げてしまう場合があります。

*1: ストークスシフトとは:光で励起された物質中の電子が、励起状態遷移する前に周囲の原子との相互作用によってその励起エネルギーの一部を熱エネルギーなどの形で非放射的に失うことによる励起光と発光のエネルギー差。(理化学辞典:岩波新書)

吸収フィルターの選択

蛍光物質の蛍光波長を満たすようなフィルターを選びます。一般的には、バンドパスではなく長波長まで透過するようなロングパスフィルターを選ばれていますが、多重染色試料を波長分離して観察する場合や長波長帯域に高い感度をもつカメラを使うような場合は、吸収フィルターにも長波長を通さないようなバンドパスフィルターを選びます。

図7

励起フィルターの選択

蛍光物質の励起波長をできるだけ満たすようなフィルターを選びます。特に、水銀ランプを光源に利用する場合は水銀ランプの輝線を励起波長に取り入れることで効率のよい励起が可能となります。観察しようとする蛍光物質の励起波長以外の波長帯域に強い光を与えることは、背景光を上げ、試料に不必要なダメージを与えることになりますので、できるだけ避けましょう(図7の440nmなどは励起効率が低い)。

励起フィルターと吸収フィルターの組合せについて

励起フィルターと吸収フィルターの透過波長特性を重ねた際に、光が全く透過してこない状態が理想的な状態となります。蛍光は微弱な光なので、少しでも漏れ光が生じると背景光が上昇し画質の劣化をまねきます。

明るい蛍光像を取得するために

明るい蛍光像を取得するために、励起光学系に挿入されているNDフィルター(減光フィルター)を取り除き励起起光の強度を上げることを薦められる場合があります。しかし、励起光強度を上げることは、蛍光の褪色を早め、試料への負担も大きくなり、細胞などの自己蛍光*2も増加させてしまうことが考えられます。できるだけ、励起光は弱くし、観察光学系での蛍光信号の収集効率を上げること(対物レンズの開口数を上げる、蛍光フィルターの波長帯域を広げる、カメラの感度を上げる、など)を心がけましょう。

*2: 自己蛍光とは:一般的に「蛍光物質」と定義される物質以外においても蛍光を生じる物質が存在します。特に短波長領域(紫外~可視)では無染色の細胞においても細胞の構成要素(NADPH、リボフラビンなど)が比較的強い蛍光を生じます。それらを称して細胞の「自己(自家)蛍光(autofluorescence)」とする場合があります。

4. 蛍光の褪色軽減のための工夫

褪色を少しでも防ぎ・軽減するために、以下のような工夫がなされています。

褪色防止剤を用いる

FITCに対してはP-phenylenediamine(パラフェニレンジアミン)、Rhodamineに対してはn-propyl gallete(プロピルガレート)などといった褪色防止剤がよく使用されています。

ノイズターミネータとは

ニコンの蛍光顕微鏡には独自の光学系として「ノイズターミネータ」を設けてあります *。 (図1) ノイズターミネータは、ダイクロイックミラーを通り抜けた励起光をきちんと処理することを目的として設置されており、それにより励起光がフィルターキューブ内で散乱され観察側へ漏れこむ現象を防いでいます。これにより、より背景光の低い蛍光画像の取得が可能となっています。

減光フィルターを上手に利用する

顕微鏡についている減光フィルターを用いて、観察や撮影に十分な光量まで励起光を落とします。顕微鏡の観察光路をできるだけ分割せずに100%にすることも必要です。

褪色の少ない蛍光物質を選択する

同じ用途に使える蛍光物質の中で、褪色の少ないものを選びます。