リサーチャーインタビュー 「ミニ腸」の研究に貢献するNikon BioImaging Lab

阿久津英憲先生

国立研究開発法人 国立成育医療研究センター
研究所再生医療センター 生殖医療研究部 部長

先生の研究についてご紹介ください。

私が勤務する国立成育医療研究センターは、成育疾患※に関する医療と、成育疾患の理解や治療法などの研究を行っている医療施設です。臨床と研究が密接に結びついた、この分野においては日本で最も進んだ施設だと言えるでしょう。私は、難病の子供たちのための治療法や診断法の確立に貢献するため、再生医療・再生医療技術を活用したヒト多能性幹細胞に関する研究に取り組んでいます。私自身も臨床の現場で産婦人科医をしていたこともあり、研究の成果を常に実際の患者さんのQOL向上に還元できるよう意識しています。「ミニ腸」の開発も、その一環として行ったものです。

※成育疾患:受精・妊娠から胎児期、新生児期、乳児期、学童期、思春期、成人期までのライフサイクルに生じる疾患

ミニ腸とはどのようなものでしょうか?

ミニ腸とは、一言で言えばヒト多能性幹細胞から製造した「小腸のミニチュア」です。立体的な組織で、大きさは1cmから2cmほど。従来の腸オルガノイド※と異なり、小腸の粘膜上皮組織はもちろん粘膜下組織の筋肉や神経なども備えています。また、栄養の吸収や代謝、蠕動(ぜんどう)運動も行い、薬剤に反応し、免疫機能も備えるなど、小腸としての機能を有しています。さらに、実際の小腸を裏返したように、粘膜上皮が外側を向いています。このため、薬剤の投与などによる反応や効果の観察が非常に容易なのです。

※オルガノイド:臓器や器官を模した組織。幹細胞やiPS細胞などを用いて、試験管内(in vitro)で3次元的な構造も含めて形成する。

製造したミニ腸、大きさは約1cm

小腸は、消化・吸収という役割の他に、体内に入り込んだ細菌やウイルスなどから体を守り、インスリンなどのホルモンの分泌を促す働きもあります。人々のQOLに大きく貢献する重要な臓器である一方、複雑な構造と多様な機能を持っているため、非常に多くの疾病が存在します。しかも、治療はもちろん診断法すら見つかっていない疾病も少なくありません。

小児期の疾病は臓器が成り立つ過程が関わるものも多く、臓器全体を捉えないと理解が進みにくい面がありました。ミニ腸は製造後1年以上培養液の中で生き続けます。これによって、より長期にわたる観察・研究・評価を行うことができ、さまざまな疾病の機序やそれに対する効果的な治療法、診断法を探ることが可能になります。技術の進歩とともに新たな腸の疾患も発見され、また患者さんも年々低年齢化しています。病気を理解して診断や治療につなげるために、人の腸のモデルは今後ますます求められるでしょう。そのような研究の現場で、ミニ腸を役立てていただきたいと考えています。

Nikon BioImaging Labに依頼した顕微鏡画像の撮影・解析はいかがでしたか?

ミニ腸のような「ミニ臓器」は、複数の細胞で組織が立体的に構成されていて、体の中にある本物の臓器と同じような機能を示します。そして、ミニ臓器の機能が高度になればなるほど、それを正確に評価することが重要になってきます。ミニ腸の場合は、画像を立体的かつ高解像度で取得することが不可欠です。そこで、私たちがいつも研究室で行っているイメージングをNikon BioImaging Labにお願いすることにしました。結果、見たことのない高解像な画像が上がってきました(図2)。ここまで高解像に撮れるのかと驚くとともに、研究をまた一歩、前へ進められる手応えを強く感じました。

ミニ腸の共焦点3次元イメージング

ミニ腸の場合は、動きの評価も大きな課題でした。例えば心筋細胞ひとつだけであれば、その動きを電気信号に変換して評価することが可能ですが、ミニ腸では組織全体がうねるように動きます。その蠕動運動を評価できなかったのです。自分たちで動画を撮影し、そこに記録された動きの評価をさまざまなところに依頼しましたが、定量的な評価ができませんでした。最終的にNikon BioImaging Labにお任せしたところ、ニコンさんが開発した解析ソフトウエア※によって、蠕動運動を定量化 することができました。

※画像統合ソフトウエアNIS-Elements。詳しくはこちら へ

ミニ腸の蠕動運動の様子

平面ではなく立体的な画像取得が可能であること、疾病の原因ともなるタンパク質の局在などを高解像で捉えることができること、生きている組織の複雑な動きを経時的に捉えられること、そして、そうした画像を解析するソフトウエアがそろって初めて、ミニ腸の正確な評価が可能になり、その有用性が高まり、利用分野も広がっていきます。ミニ腸による研究と顕微鏡イメージングの技術は、不可分だと言えるでしょう。

ミニ腸のイメージングに関して、今後どのような展開を期待していますか?

ある程度大きさのあるミニ腸を経時的に観察して、さまざまな機能を見たいですね。特に疾病を再現した時の動きを、リアルタイムに近い速度で捉えられれば、動きの機能が低下しているところを改善する方法が探れます。例えば、疾病を治療するための創薬スクリーニングなどに活かすことができるわけです。そのために、撮影した動画の定量的な評価結果を自動で算出してくれるような機能があるとうれしいですね。いろいろな意味で少しハードルが高いと思いますが。

後は、現在よりもっと厚みのある高解像画像の取得を可能にして、より高精度に解析できたらと思います。創薬への応用については、その薬が効いているかどうかを評価する方法が非常に重要になります。そのためには、きれいに撮ることを大前提として、今後は対象をより立体的にかつリアルタイムで捉え、目的とする測定データをいかに速く正確に解析・評価するかが重要になってくると考えます。

今後の展望をお聞かせください。

ミニ腸に関する論文を発表した後、自分でも驚いたのですが、さまざまな業種・分野の方たちから非常に興味を持っていただけました。製薬会社の方たちはもちろん、食品やサプリメント関連、サニタリー(消毒)などの一般消費財メーカーの方たちもいらっしゃいました。その幅広さに、今後の展開への大きな可能性を感じましたね。しかし、私本来の使命は、ミニ腸を活用して、腸に関する子供たちの疾病の診断や治療に貢献することです。ひとつでもいいので、一日も早くその治療に貢献したい。お薬の開発になるのか、診断手法の確立になるのか、あるいは予防なのか、どのような形であれ、とにかく早く貢献したいのです。

将来について言えば、あくまで可能性としての一例ですが、もし腸を伸ばす作用のある薬剤を開発できたら、生まれつき腸が短いことによって苦しんでいる子供たちの治療に役立てられます。小さな体には負担の大きな手術をせずに、お薬だけで改善を目指せるのです。そのような未来を実現するためにも、研究者である私たちだけでなく、患者さんと日々向かい合う臨床医の方、製薬会社の方、そして顕微鏡などの光学メーカーの方たちとの連携が、とても大切だと考えています。ニコンさんにお手伝いいただきたい機会は、これからますます増えていくでしょう。