アプリケーションノート

身近な苔の中に潜む不思議な最強生物クマムシ ~最先端の研究~

2024年5月

アプリケーションノート“身近な苔の中に潜む不思議な最強生物クマムシ~捕まえてみよう、観察してみよう~”において、顕微鏡によって明らかとなるミクロな世界で生きている、最強生物とも名高い不思議な生態を持つクマムシについてご紹介した。

本アプリケーションノートでは、クマムシの生理機能の解明を目指す最先端の研究を、共焦点顕微鏡AX/AX Rを用いたイメージング画像とともにご紹介する。

キーワード:クマムシ、ライブイメージング、共焦点顕微鏡

最先端のクマムシ研究

慶應義塾大学先端生命科学研究所の荒川和晴先生らは、クマムシの生理機能を解明する最先端の研究を行っている。環境が乾燥すると乾眠(ほぼ完全に脱水状態の休眠)状態になり、様々な極限的ストレスに耐えることができるクマムシが、どのようにして乾眠状態になり、また給水によってどのようにして復帰できるのか、その分子メカニズムの解明を試みている。これまでにゲノム解読や固有タンパク質の解析は行われてきたが、クマムシ個体や細胞に対してGFPなどの外来遺伝子を導入する方法が存在しなかったため、解析は非常に限定的なものに留まっていた。

そこで、荒川先生らは、クマムシのゲノムから各種遺伝子の発現に必要な領域を抽出し、クマムシに特異的な遺伝子発現ベクターを開発した。そのTardiVecと名付けられたベクターをマイクロインジェクションなどを用いてクマムシに導入すると、複数種のクマムシにおいてGFPなどの外因性遺伝子の発現が確認できた。なお、GFPシグナルは10日以上保持された。

実験概要

本アプリケーションノートでは、共焦点レーザー顕微鏡システム AX R を用いて、TardiVecシステムにより ユビキチンプロモーターでmEGFP を発現させたクマムシのライブイメージングを行った。一つは、真クマムシ網ヨリヅメ目ヤマクマムシ科のRamazzottius varieornatus のユビキチン由来のプロモーター下流にmEGFPを挿入したベクター、もう一つは、真クマムシ網ハナレヅメ目オニクマムシ科のMilnesium inceptum のユビキチン由来のプロモーター下流にmEGFPを挿入したベクターを用いた。

それらのベクターを真クマムシ網ヨリヅメ目ヤマクマムシ科の Hypsibius exemplaris にマイクロインジェクションした。

Z stack撮影を行うため、室温でゲル化する性質を持つPF127溶液でクマムシの動きを制御し、更にクマムシが潰れないようにポリスチレンマイクロ粒子を混ぜ、カバーガラスを被せた。

クマムシの共焦点画像

(a) TD(透過ディテクター)と蛍光のマージ画像
(b) 蛍光画像
対物レンズ:Apo LWD 40x WI λS DIC N2

図1. クマムシの共焦点画像

(a) pMiUBB-mEGFP 、(b) pRvUBC-mEGFP
Z Range:33 μm Z step:1 μm
対物レンズ:Apo LWD 40x WI λS DIC N2

共焦点レーザー顕微鏡システム AX Rは、透 過ディテクター(TD)を搭載しており、レーザー 走査による透過画像の取得と蛍光の取得が同時 に可能なので、体のどの部分で蛍光が発現して いるか捉えるのに便利である。蛍光とTDでライ ブイメージングを行ったところ、筋肉の一部に ユビキチンが発現していることが確認できた (図1、2)。なお、TD、蛍光ともに、中腸等にエサ のクロレラの自家蛍光も見える。

次に、光毒性少なく且つ高速で撮影するため に、Resonantスキャンでの撮影も試みた。AX R のResonantスキャンは、Averaging Timeを 8回程度すると、Galvanoに近い画像が得られ る。しかし、Averaging Timeを4回に抑えて 撮影しても、Denoise.aiで処理することで蛍光 の発現を明瞭に観察することが出来た(図2)。 また、Averaging Timeを4回に抑えたことで、 Galvanoスキャンの約3.7倍の速度で撮影出来 る。更に、タイムラプス撮影を行う場合でも、 fpsが稼げるので、Resonantスキャンの活用は 有用である。

このような最新技術とイメージングの融合は、 まだ解明されていないクマムシの不思議な生態 の解明に貢献するだろう。

図2. クマムシの共焦点画像および画像処理の比較

(a) スキャン:Galvano
Averaging time : 1X

(b) スキャン:Resonant
Averaging time : 4X
Denoise. ai処理

ベクター:pMiUBB-mEGFP
Z Range:33 μm
Z step:1 μm
対物レンズ:Apo LWD 40x WI λS DIC N2

動画

参考文献

In vivo expression vector derived from anhydrobiotic tardigrade genome enables live imaging in Eutardigrada
Proc Natl Acad Sci U S A . 2023 Jan 31;120(5):e2216739120
Sae Tanaka, Kazuhiro Aoki, and Kazuharu Arakawa
https://doi.org/10.1073/pnas.2216739120

謝辞

本アプリケーションノートの作成にあたり、サンプルの ご提供ならびに研究に関してご教示を賜りました慶應義 塾大学先端生命科学研究所 荒川和晴先生、自然科学研究 機構 生命創成探究センター 田中冴先生に深謝致します。 慶應義塾大学先端生命科学研究所 荒川研究室URL: https://bioinformatician.org/glab/

製品情報

共焦点レーザー顕微鏡システム AX R

生細胞への光毒性が低く光退色の少ない高速・高解像度・広視野の
共焦点イメージングをサポート

  • 高速: 最速毎秒720フレーム(レゾナント 2048 ×16画素)
  • 高解像度: 最高8K(ガルバノ)/ 2K(レゾナント)
  • 高スループット: 視野数25 mmの超広視野