アプリケーションノート

透明化したイネ葯の高解像マクロ~ミクロの3D観察:対物レンズイマージョンの屈折率を鑑みたプレパレイション

2023年4月

花のなかには葯と呼ばれる器官がある。一般的に「おしべ」とも呼ばれるこの器官は袋状の構造をしており、その中には花粉が発達する。花粉形成は減数分裂を伴う世代交代の過程でもあり、花粉を含めた葯の発生・発達は生物学的にも重要な意味合いを持っている。葯の発生・発達については古くから光学・電子顕微鏡による観察や、近年は遺伝子・分子レベルでの研究が進められているが、最近になり、葯壁(葯の袋の部分)の形成にマイクロRNAを通じた制御が明らかになり注目を集めている(Komiya et al.)。
近年脚光を浴びている顕微鏡観察の技術の一つが、組織・器官・個体の透明化である。植物の透明化についてもClearSee、TOMEI、PEA-CLARITYをはじめとする方法が開発されており、ClearSeeAlpha(Kurihara et al.)やiTOMEI(Sakamoto et al.)のように発展も遂げている。これらの透明化液は、共焦点顕微鏡および多光子励起顕微鏡と組み合わせて利用されることも多く、サンプルの深部観察に威力を発揮する。
葯の発生は、これまでミクロトームにより作成した切片の観察が主流であったが、二次元情報である切片から正確な立体構造を知ることは難しい。この点において、透明化技術と共焦点顕微鏡の組み合わせは大変有効な観察手段になると考えられる。しかし、透明化液は植物種や組織・器官によって透明化の度合いや処理時間が異なる、顕微鏡には深部観察に伴う収差が不可避であるなどの問題もある。
本アプリケーションノートでは、イネの葯について細胞レベルでの構造を理解するために、最適な透明化液を探して透明化を施した後、固化した透明化液にマウントすることで、光学的に最適な条件で立体像を取得した事例を紹介する。

長日条件下で生育したイネ(日本晴)から穂を採取し、4% (w/v)パラホルムアルデヒドで固定した。実体顕微鏡下で外穎・内穎を剥いで葯を取り出した後、0.01% (v/v) SR2200(主に細胞壁を染める)ならびに0.1 µg/ml Propidium Iodide(核ならびに細胞壁を染色)で染色を行った。その後、ClearSee、ClearSeeAlpha(50 mM亜硫酸ナトリウム)、iTOMEI、RapiClear1.47、RapiClear1.52、 45% (v/v) RapiClear1.52 に2~3日浸漬することで透明化した。

今回試した透明化液では、ClearSee、ClearSeeAlpha、iTOMEIで、葯室の収縮のない良好な形の葯が得られた(表1)。透明化した葯は、当初53%(v/v)グリセリン水(屈折率1.41)で作成した1%アガロースジェルにマウントしたが、透明化した葯の色が元に戻る印象を受けた。そこでClearSeeAlphaならびにiTOMEIを固化することを目指し、いろいろな濃度のアガロースを加えたところ、 ClearSeeAlphaは2%(w/v)、iTOMEIでは1%(w/v)で柔らかめのジェルができることがわかった。

図1.葯の蛍光画像とビーズのPSF実測値

(a)発生後期(Stage 6)の葯の光学切片像。
シアン:葯壁(Ex/Em 405/429-474 nm)、マゼンタ: 花粉(Ex/Em 561/585-698 nm)。

(b)異なる深度における⌀100 nm ビーズのPSF実測値(平均)。上から、 0~30 µm: 0.802、30~60 µm : 0.802、60~90 µm : 0.824、90~120 µm : 0.875。表層~深部において、Z軸方向の伸びはほぼ均一であった。

方法,結果,考察

長日条件下で生育したイネ(日本晴)から穂を採取し、4% (w/v)パラホルムアルデヒドで固定した。実体顕微鏡下で外穎・内穎を剥いで葯を取り出した後、0.01% (v/v) SR2200(主に細胞壁を染める)ならびに0.1 µg/ml Propidium Iodide(核ならびに細胞壁を染色)で染色を行った。その後、ClearSee、ClearSeeAlpha(50 mM亜硫酸ナトリウム)、iTOMEI、RapiClear1.47、RapiClear1.52、 45% (v/v) RapiClear1.52 に2~3日浸漬することで透明化した。

今回試した透明化液では、ClearSee、ClearSeeAlpha、iTOMEIで、葯室の収縮のない良好な形の葯が得られた(表1)。透明化した葯は、当初53%(v/v)グリセリン水(屈折率1.41)で作成した1%アガロースジェルにマウントしたが、透明化した葯の色が元に戻る印象を受けた。そこでClearSeeAlphaならびにiTOMEIを固化することを目指し、いろいろな濃度のアガロースを加えたところ、 ClearSeeAlphaは2%(w/v)、iTOMEIでは1%(w/v)で柔らかめのジェルができることがわかった。

今回はシリコーンオイルの屈折率1.41に合わせ、 ClearSeeAlphaを固化したものでマウントした(図1a)。また ClearSeeAlphaアガロースに⌀100 nmの蛍光ビーズを混ぜ、40倍のシリコーン浸対物レンズを用いて、固化させたサンプル内のビーズにおける光軸方向のPSFを測定した(図1b)。これにより、観察する葯の各深さにおける収差がほぼ均一の状態であることを確認した。マウントした葯のサンプルは、25倍および40倍のシリコーン浸対物レンズを用いて共焦点レーザー顕微鏡システムAX Rで撮像した(図2)。取得した画像についてはデコンボリューション(Richardson-Lucy)処理を行った。

透明化した葯の全体像。

シアン:葯壁、マゼンタ:花粉。 ClearSeeAlphaで透明化し、透明化液で作成したジェルにマウントした後、1 x 4のタイリングとZスタックを組み合わせて取得した。 25倍シリコーン浸レンズと広視野により、1 x 0.3 x 0.25 mm程度に発達した葯の全体像も、高分解能で取得できる。

対物レンズ:CFI Plan Apo λS 25XC Sil

ズーム:1倍

ピクセルサイズ:0.35 µm

a図の白枠の拡大。より高いNAの対物レンズを用いると、表面の細胞(表皮細胞)の輪郭を鮮明に観察できる。光学横断切片像により、表皮細胞や花粉の形状を深部まで観察でき、変形も少ないことがわかる。

対物レンズ:CFI Plan Apo λS 40XC Sil

ズーム:2倍

ピクセルサイズ:0.21 µm

b図の白枠の拡大。40倍シリコーン浸対物レンズを用いて高倍ズームで撮影すると、表皮細胞や内皮細胞(矢印)の表面構造や立体像を捉えることができる。

ズーム:9倍

ピクセルサイズ:0.05 µm

図2. シリコーン浸対物レンズでマクロからミクロまで捉えたイネの葯

まとめ•展望

屈折率1.41のClearSeeAlphaで透明化したイネの葯を、この透明化液で作成したジェルでマウントし、シリコーン浸対物レンズを用いることで、屈折率の違いに起因する収差の影響をほぼ受けない観察を実施できた。Z方向についても200 µm程度まで、細胞レベルの精度の高い観察が可能となった。

このような観察は、パラフィンや樹脂で切片を作成する必要をなくし、発生や細胞分化の時空間的な解析を容易にする技術である。今後は、よりNAが高く解像力の優れたシリコーン浸対物レンズ を用いた深部細胞の細胞内構造の観察や、AI機能を搭載するソフトウェ。

機能を搭載するソフトウェアで得られた画像の解析により、細胞の形状や体積などの定量化が実現すると期待される。

謝辞

標本および画像をご提供いただきました、沖縄科学技術大学院大学サイエンス・テクノロジー・クループの小宮怜奈先生、同イメージングセクションの小泉好司先生に深謝いたします。

参考文献

Araki S, Le NT, Koizumi K, Villar-Briones A, Nonomura KI, Endo M, Inoue H, Saze H, Komiya R (2020). miR2118-dependent U-rich phasiRNA production in rice anther wall development. Nat Commun. 11: 3115.

Kurihara D, Mizuta Y, Nagahara S, Higashiyama T (2021). ClearSeeAlpha: Advanced Optical Clearing for Whole-Plant Imaging. Plant Cell Physiol. 62: 1302-1310.

Sakamoto Y, Ishimoto A, Sakai Y, Sato M, Nishihama R, Abe K, Sano Y, Furuichi T, Tsuji H, Kohchi T, Matsunaga S (2022). Improved clearing method contributes to deep imaging of plant organs. Commun Biol . 5: 12.

CFIプランアポクロマートLambda S 25XC Sil NA 1.05, WD 0.55

CFIプランアポクロマートLambda S 40XC Sil NA 1.25, WD 0.30

製品情報

シリコーン浸対物レンズ

屈折率をシリコーンオイルに近づけた透明化標本の、三次元構造を深部まで明るく高精細にとらえます。共焦点レーザー顕微鏡システムAXの広視野と高速レゾナントスキャナーの組み合わせにより、組織の全体像も効率的に取得できます。