アプリケーションノート

カルチャーインサートに培養中の細胞の可視化とAI学習による細胞領域の識別

2023年12月

多孔性メンブレンをインサートに保持し、ウエル内でメンブレンの上下から細胞が培養環境にアクセスできる構造を持つカルチャーインサートを用いることで、一般的な培養容器やフラスコ等では実現できないさまざまなアッセイが可能である。ただし、マイクロメートルサイズの孔がもたらす強い散乱のため、細胞観察に広く用いられる位相差顕微法など多くの観察法での利用が困難で、細胞の観察には工夫が必要となる。本アプリケーションノートでは、カルチャーインサート上の細胞の観察法と、AI学習モデルを用いた細胞領域の同定法を紹介する。今回は、遺伝子操作の容易さから研究・産業に広く利用されているヒト胚性腎臓細胞(Human Embryonic Kidney cell、HEK) HEK293株を用いた事例を紹介する。

キーワード:反射明視野、創薬、ライブセル、セルカルチャーインサート、AI

実験の概要

1.細胞培養

24ウエルのセルカルチャーインサート(Corning3413)に、Cellmatrix Type I-Cでコーティングを施した。HEK293株(JCRB9068、JCRB細胞バンク)をGFPを恒常的に発現するよう改変後、2.5× 104 cells/mL に調整してインサートあたり0.1 mLで播種した。24時間後にパラホルムアルデヒドで固定したのちPBSで置換した。

2.画像取得

正立顕微鏡LV100ND、TU Plan Fluor EPI 10X対物レンズ、浜松ホトニクスORCA-Flash4.0カメラを用いて、同一視野の反射明視野画像とGFP蛍光画像を6セット取得した(図1)。前者の画像は蛍光LED光源(EXCELITAS X-Cite Turbo)の525 nm照明光を用い、照明側開口絞りを絞って撮影した。後者の画像は蛍光LED光源の475 nm励起光とFITCフィルターキューブを組み合わせて撮影した。

図1.

GFPを恒常的に発現するHEK293細胞を24ウエルセルカルチャーインサートに培養し、NIS-Elementsソフトウェアを用いて反射明視野画像とGFP蛍光画像を6セット取得した(a-l)。うち5セット(a-j)を使用して、NIS-Elements ARによりAIモデルを作成した(m、トレーニングロス0.0825)。AIモデルの作成に使用しなかった反射明視野画像(k)を上記AIモデルで解析して細胞領域を予測し、正解値と定義されるGFP画像(l)と比較した。

3. 学習モデルの作成と評価

取得画像のうち5セット(図1a-j)を用いて、NIS-Elements ARソフトウェアのConvert.ai機能により、GFP蛍光画像を正解画像として1000回学習させ、反射明視野画像内の細胞領域を識別するためのAI学習モデルを作成した。学習曲線から、十分な学習が達成できたことがわかる(図1m)。

学習に使用しなかった反射明視野画像を上記AIモデルに適用して細胞領域を予測し、正解値と定義される GFP画像と比較したところ概ね一致していた(図2a)。

図2.

(a)AI予測画像とGFP蛍光画像を比較した結果、AI予測領域が概ねGFPシグナル領域と一致していることが確認できた。

(b)定量評価のため、液面メニスカス形状の影響の少ない中央部(白、画像の縦横長の9割を直径とする円)を選択し、画像解析を行うことにより正解領域(黄)、AI予測領域(水色)、両者の共通領域(ピンク)を抽出してそれぞれの面積を計測した。

液面メニスカス形状の影響の少ない視野の中央部を用いた画像解析により、 AI予測領域と正解領域の一致について定量評価した(図2b)。その結果、正解とAI予測の共通領域(図2bピンク)の、正解領域(図2b黄)に対する割合は81%であり、AI予測領域(図2b水色)に対する割合は76%であった。これにより、AI予測領域が正解領域とよく一致していることが示された。

まとめ

反射明視野観察像にAIを適用することにより、これまで培養基材の光学特性上「視認できない」という理由で諦めざるを得なかった生細胞の播種密度の評価やばらつき評価が可能になる。この技術により、試験前のチップ上の生細胞の播種密度の評価やばらつきの評価が可能になることで、試験結果の再現性や信頼性の向上に繋がると共に、試験前の培養条件探索のための評価サンプル数を大幅に削減でき、実験の効率の向上を図ることが可能である。

製品情報

正立顕微鏡 ECLIPSE LV100 ND(反射/透過照明併用型)

透過照明による明視野・位相差・DIC・偏光観察のほか、高輝度ハロゲンランプ内蔵の反射照明装置を利用した明視野・蛍光・DIC・偏光観察にも対応します。

TU Plan Fluor EPI 10X

高NA(0.3)と長作動距離(17.5 mm)を両立した、CFI60-2対物レンズ。反射観察に最適化されており、色収差補正に優れているため、鮮明でコントラストの高い画像が取得できます。