アプリケーションノート

植物の長距離・高速カルシウムシグナル

2024年1月

脳や神経を持たない植物は、どのような仕組みで傷害を受けたことを感知し、その情報を全身に伝えているのだろうか。埼玉大学大学院理工学研究科の豊田正嗣 准教授は、広視野実体顕微鏡および高感度カルシウム/グルタミン酸バイオセンサー(GCaMP/iGluSnFR)を用いて、その謎を解明した(Toyota et al., Science 2018)。ここでは、植物が損傷を感知し、高速に情報を伝達する仕組みを解明した事例を紹介する。

「NIKON JOICO AWARD 2019最優秀賞」受賞作品

植物における情報伝達過程をリアルタイムイメージング

植物の葉をピンセットで押しつぶすという機械的な傷害(矢印)を与えた際のCa2+シグナルを、実体顕微鏡を用いて可視化することに成功した(図1)。これまでの固定概念を変える「長距離・高速Ca2+シグナル」が明らかとなった。

1. 機械的な傷害により発生する長距離・高速Ca2+シグナル

カルシウムバイオセンサーGCaMP(GFP)を発現したシロイヌナズナ
(Arabidopsis thaliana)

対物レンズ: P2-SHR Plan Apo 1X (NA = 0.156)
画像ご提供:埼玉大学大学院理工学研究科 豊田正嗣先生

植物のダイナミックな情報処理システム

植物は、師管やプラズモデスマータなどの植物特有の仕組みと、進化的に動植物に保存された仕組み(グルタミン酸/グルタミン酸受容体(GLR)/Ca2+シグナル)を組み合わせて、あたかも“神経”のような長距離・高速情報伝達を可能にしていると考えられる(図2)。

本研究により、傷つけられた場所から遠く離れた葉でも、グルタミン酸によって誘発されるCa2+シグナルが傷害に対する抵抗性を上げていることが解明された。この発見は、植物の抵抗性を制御できる新しいアミノ酸(グルタミン酸)型の肥料や農薬の開発につながるものとして期待される。

図2.植物の傷害感知・高速伝達モデル

①損傷部位からグルタミン酸が流出する。
② グルタミン酸をグルタミン酸受容体が受容することでCa2+シグナルが発生する。
③ Ca2+シグナルが、師管およびプラズモデスマータを介して、約1mm/sの速度で遠くの葉に伝搬する。
④ Ca2+シグナルが伝搬した葉では、将来の昆虫による補食/機械的ストレスに備えて抵抗性が上昇する。

参考文献

Toyota M*, Spencer D, Sawai-Toyota S, Wang J, Zhang T, Koo AJ, Howe GA, Gilroy S* (2018) Glutamate triggers long-distance, calcium-based plant defense signaling.

Science 361:1112-1115. (*, corresponding author)

製品情報

研究用システム実体顕微鏡SMZ25

25:1のズーム比と高い解像力を両立した電動ズームモデル。対物レンズ切り替え時に同じ総合倍率を維持できるオートリンクズーム機能を搭載。蛍光装置に採用したフライアイレンズにより、低倍率でもムラのない蛍光像を取得可能。
ズーム比:25:1(ズーム範囲:0.63X〜15.75X)
総合倍率:最大315X 実視野:最大ø70mm