アプリケーションノート

NIS.aiを用いたミトコンドリアの デジタルステイン画像生成と薬剤評価への応用

2023年12月

ミトコンドリアはエネルギー生産や代謝調節などに重要な役割を果たしている細胞内小器官である。ミトコンドリアの機能異常によって、中枢神経疾患、心不全、がんなど、多くの疾患や老化現象が引き起こされることが知られており、ミトコンドリアをターゲットとした新たな治療薬の開発が活発に行われている。ミトコンドリアの研究には、一般的に蛍光標識したミトコンドリアの画像による形態解析が用いられる。しかし、蛍光観察は光毒性によって細胞や組織に損傷を与えることが知られており、また、蛍光色素の退色も問題となるため、同一サンプルを蛍光顕微鏡下で長期間観察することは困難である。一方、デジタルステインは、蛍光色素を使用することなく、染色したかのように標的細胞や組織を認識できるため、光毒性や退色の影響を受けずに細胞や組織を長期に観察できる。また、蛍光色素による細胞毒性や染色工程による細胞の構造変化を避け、さらにこれらの試薬や工程を省くことでリソース削減が可能になる。

本アプリケーションノートでは、顕微鏡用AIモジュール「NIS.ai」を用いて位相差画像からミトコンドリアのデジタルステイン画像を生成し、その画像を用いて実施した薬剤評価の例を紹介する。

キーワード:ミトコンドリア、デジタルステイン、AI学習、Convert.ai、位相差顕微鏡、薬剤評価、細胞観察、組織観察

NIS.aiを用いたデジタルステイン画像の推論

NIS.aiはニューラルネットワークをベースとしたディープラーニング技術を搭載したソフトウェアモジュールである。NIS.aiの機能の一つであるConvert.aiは、2つの異なる観察方法における特徴を認識し、一方の観察方法で取得された画像からもう片方の観察方法の画像を推論することが可能である。今回は位相差画像を元画像、ミトコンドリアの蛍光画像を正解画像としてAIに学習させ、位相差画像からデジタルステイン画像を推論した(図1A,B)。AIに画像を学習させる際に、正常状態のU-2OS細胞の画像と、ミトコンドリア脱共益剤であるCCCPの添加によりミトコンドリアの断片化を誘導したU-2OS細胞の画像を混ぜて学習させた。その結果、デジタルステイン画像と蛍光画像のピクセル相関係数の値により、正常状態のミトコンドリアと断片化されたミトコンドリアをそれぞれ同等の精度で推論できることが示された(図1C)。

1. Convert.aiによるミトコンドリアのデジタルステイン画像推論

(A)Convert.aiの学習・推論の流れ。(B)薬剤処理なしとCCCP処理2時間後のU-2OS細胞の位相差画像、蛍光画像、デジタルステイン画像、蛍光画像とデジタルステイン画像の重ね合わせ。(C)正解画像とConvert.aiによる推論画像のピクセル相関係数

GA3を用いたミトコンドリア解析

General Analysis 3(GA3)は画像統合ソフトウェアNIS-Elementsの画像処理・計測モジュールであり、さまざまな画像の定量解析を簡単にカスタマイズ可能である。GA3を用いて蛍光画像とデジタルステイン画像からミトコンドリア領域を抽出し、ミトコンドリア長の平均値を算出した。その結果、デジタルステイン画像から算出したミトコンドリア長の平均値は、標準誤差の値が若干大きくなるものの、蛍光画像と同等の値を示した(図2)。

2. GA3によるミトコンドリア像の解析

(A)蛍光画像およびデジタルステイン画像のミトコンドリア像(白)からGA3により抽出したミトコンドリア領域(紫)。(B)(A)の画像から算出したミトコンドリア長の平均値。

デジタルステイン技術の薬剤評価への応用

蛍光画像とデジタルステイン画像を用いて、ミトコンドリアATP合成阻害剤であるオリゴマイシンの毒性について用量依存的、および経時的な評価を行った。それぞれの条件について10視野のデータを解析した。蛍光画像と同様に、デジタルステイン画像においてもオリゴマイシンの用量依存的にミトコンドリアの断片化が誘導される様子を捉えることができた(図3A)。また、GA3による定量解析の結果、蛍光画像を用いた場合と同様に、デジタルステイン画像を用いた解析においても、各濃度におけるミトコンドリア長の平均値の間に有意差が認められた(図3B)。さらに、蛍光観察では光毒性によりミトコンドリアの断片化が誘導され、同一サンプルの経時観察が困難とされるのに対して、デジタルステイン画像を用いることにより、これが可能になることを示した(図3C,D)。

3. オリゴマイシンの毒性評価と経時観察における光毒性のミトコンドリアへの影響

(A)U-2OS細胞にオリゴマイシンを添加して2時間後の位相差画像、ミトコンドリア染色蛍光画像、デジタルステイン画像、および重ね合わせ画像。(B)オリゴマイシン処理後2時間の蛍光画像とデジタルステイン画像から画像解析により算出したミトコンドリアの長さの平均値。各ポイントにおける10視野を解析した。(**** p< 0.0001, One-way ANOVA and Tukey’s)(C) 薬剤処理をしていないU-2OS細胞の蛍光画像および位相差画像を経時的に取得し、蛍光画像と推論したデジタルステイン画像から算出したミトコンドリア長さの変化率。(D)デジタルステイン画像から算出した、オリゴマイシン処理によるミトコンドリアの長さの経時変化。各ポイントにおける10視野を解析した。

まとめ

NIS.aiはプログラミングの知識を必要とせず容易にデジタルステイン用のAIモデルを生成できる。推論精度の高いAIモデルの生成には大量の画像データが必要であるが、顕微鏡の自動撮影モードと組み合わせることで、大量のAI学習用データの取得と、AIの精度およびデジタルステインによる画像解析精度の向上を、簡単に実現できる。NIS.aiを用いて推論したデジタルステイン画像は、蛍光画像と同等の解析結果を得ることができ、薬剤の用量依存的試験や経時変化の評価にも応用が可能である。このため、これらの技術が今後、医療、生命科学、環境科学などのさまざまな分野で細胞や組織の評価や研究に広く利用されることが期待される。

実験条件

細胞
ミトコンドリア局在RFP発現ヒト骨肉腫由来細胞株
U-2OS細胞

観察装置
撮像:Eclipse Ti2-E
対物レンズ: CFI SR プランアポクロマートIR 60XC WI (NA : 1.27)

撮影条件
キャリブレーション:0.11 μm
カメラ設定:露光:70 ms
ビニング:1x1, スキャンモード:Fast
Z スタック:0.3 μm x 11 ステップ

操作

  1. 細胞をガラスボトム24ウェルプレートに播種後、37 ℃、5 % CO2条件下で一晩培養
  2. 培地除去の後、37 ℃に温めた培地で2回洗浄
  3. CCCP、オリゴマイシン、DMSOを含む培地を500 μL添加後、ステージトップインキュベーターにセット
  4. Eclipse Ti2-Eで画像取得

AI学習方法

正常細胞画像:239枚
薬剤処理細胞画像:293枚
学習回数:2000~3000回

参考文献

Murphy M et al. “Mitochondria as a therapeutic target for common pathologies”, Nature Reviews Drug Discovery, (2018), 865-886, 17(12)

実験医学 Vol.41 No.5 (増刊)2023

Ounkomol C et al. “Label-free prediction of three-dimensional fluorescence images from transmitted-light microscopy”, Nature Methods, (2018), 917-920, 15(11)

Somani A et al. “Digital Staining of Mitochondria in Label-free Live-cell Microscopy”, Informatik aktuell, (2021), 235-240

製品情報

顕微鏡用AIモジュール NIS.ai

画像統合ソフトウェアNIS-ElementsのNIS.aiモジュールは、ディープラーニングにより、画像処理や解析のワークフローを改善できます。NIS.aiのConvert.aiは、2つの異なる観察方法における特徴を認識し、一方の観察方法で取得された画像からもう片方の観察方法の画像を予測するよう学習可能です。