アプリケーションノート
多光子励起顕微鏡を用いたラベルフリーイメージングによる、乳腺結合織性および上皮性混合腫瘍の画像診断
2023年4月
乳腺の結合織性および上皮性混合腫瘍には、主に線維腺腫(FA)と葉状腫瘍(PT)がある。線維腺腫は最も一般的な、若い女性に多い乳腺腫瘍であるが、葉状腫瘍は全乳房腫瘍のうちの約0.5%程度と比較的稀な疾患である。線維腺腫が通常2-3cmの大きさで増殖が止まるのに対して、葉状腫瘍は増大のスピードが速く、10cmを超える巨大な腫瘍に成長することがある。また、葉状腫瘍は線維腺腫と同じく良性腫瘍であるが、増大する過程で悪性に変化する可能性がある。線維腺腫と葉状腫瘍は、手術適応や術式に違いがあるにも関わらず、臨床画像上および組織像も類似しているために、針生検診断で鑑別が困難なことがしばしば経験される。過去に、線維腺腫と葉状腫瘍の鑑別に有用な因子を探索する研究がいくつか行われているが、確立したものはまだ存在していない。
そこで、愛媛大学医学部附属病院 乳腺センターの田口加奈先生、亀井義明先生、同大学大学院医学系研究科 分子病態医学講座の齋藤卓先生、今村健志先生らは、多光子励起顕微鏡を用いた乳腺腫瘤の画像診断を試みた。本アプリケーションノートでは、田口先生らの研究成果に基づき、多光子励起顕微鏡の医学に対する寄与について紹介する。
研究の概要
多光子励起顕微鏡は、従来の光学顕微鏡よりも高い解像度や最小限の光毒性などの利点を有する。また、第二高調波発生(SHG; second-harmonic-generation)を利用し、コラーゲンを非染色でイメージングすることが可能である。
今回、多光子励起顕微鏡による乳腺腫瘤内のコラーゲンや自家蛍光物質のラベルフリーイメージングと深層学習による領域分割法を利用して、従来の病理学的診断では鑑別困難であった乳腺腫瘤を判別するための、定量的評価指標を構築した。
結果
HE染色画像ならびにPSR染色画像と、多光子励起顕微鏡によるSHG画像を比較したところ、SHG画像において乳管上皮部分は暗く、コラーゲン豊富な間質領域は強いシグナルを示した。SHG画像で観察されたコラーゲンは、I型およびIII型コラーゲンを特異的に染色したPSR染色画像におけるフィブリル構造の形状パターンと類似していた。また、緑で示された多光子励起顕微鏡による自家蛍光画像において、上皮と間質の境界を認識できた(図2 (a))。
結合織性および上皮性混合腫瘍は上皮と間質の両方が増生する病変であるが、葉状腫瘍(PT)は線維腺腫(FA)よりも間質の増生がより顕著であると報告されている。FAとPTを区別する定量的基準を確立するために、深層学習を用いた画像セグメンテーションを利用して、上皮と間質の面積比をスコアリングすることを試みた(図2 (b)、図3)。HE染色画像に基づき、多光子励起顕微鏡画像の上皮、間質、外側の3領域を手動でラベル付けした正解画像を準備した。予測画像と正解画像における全体的な精度と和集合(IoU)の共通部分を調べたところ、テスト画像セットの合計精度は93.5%、IoUは89.5%であり、高いセグメンテーションパフォーマンスを示した(図3 (c))。
次に、画像セグメンテーション分析の結果に基づいて上皮と間質の面積比をスコアリングした画像について、標準偏差を計算したところ、正解画像と予測画像の両方のデータでPTがFAよりも高いことを示した(図4 (a))。また、間質領域内のSHGシグナル強度を定量化したところ、 FAはPTよりも強いSHGシグナルを示した(図4 (b))。上皮/間質の面積比のスコアと間質領域内のSHGシグナル強度を組み合わせた散布図を作成したところ、FAとPTが明確に分離できた(図4 (c))。
まとめ
多光子励起顕微鏡画像において、自家蛍光を有する乳管上皮領域とコラーゲン由来のSHGシグナルを有する間質領域を、深層学習による画像領域分割プログラムSegNetを用いてセグメンテーションした。乳管上皮/間質領域比と間質領域内のSHGシグナル強度を定量化したところ、前者はPTのほうが大きく、後者はFAのほうが高かった。この2因子を使用してPTとFAの鑑別を試みたところ、両者は明確に区別された。多光子励起顕微鏡とAI画像解析を組み合わせた自家蛍光イメージングの手法により、線維腺腫と葉状腫瘍の鑑別診断を可能とする定量的因子が同定された。このことは、乳腺結合織性および上皮性混合腫瘍のコンピューター診断支援への応用に繋がる可能性がある。
参考文献
“Computer-Aided Detection of Quantitative Signatures for Breast Fibroepithelial Tumors Using Label-Free Multi-Photon Imaging”
Kana Kobayashi-Taguchi, Takashi Saitou, Yoshiaki Kamei, Akari Murakami, Kanako Nishiyama, Reina Aoki, Erina Kusakabe, Haruna Noda, Michiko Yamashita, Riko Kitazawa, Takeshi Imamura, Yasutsugu Takada
Molecules. 2022 May 23;27(10):3340. doi: 10.3390/molecules27103340.
ご協力
愛媛大学医学部附属病院 乳腺センター:
https://www.m.ehime-u.ac.jp/hospital/breast/?page_id=215
愛媛大学大学院医学系研究科 分子病態医学講座:
https://www.m.ehime-u.ac.jp/school/imaging/
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