アプリケーションノート

NSPARCによる、ヒトiPS細胞由来髄鞘オルガノイドにおけるミエリン構造の3D超解像イメージング

2023年12月

ヒトの脳神経疾患には極めて多くの疾患が含まれており、多彩な症候が見られる。そのため、機序の解明ならびに本質的な治療法の確立が難しく、未だ難治性の疾患が多い。その要因の一つとして、生体を模したin vitro評価に適するモデルの構築が困難なことがある。例えば多発性硬化症(Multiple Sclerosis:MS)をはじめとする脱髄性疾患は、神経細胞の軸索を包む髄鞘(ミエリン)の構造が壊れることで跳躍伝導が不全になり様々な神経症状を呈するが、生体の髄鞘構造を模したin vitroモデルの不足により治療法を確立できていないのが実情である。

本アプリケーションノートでは、成育医療研究センターの阿久津英憲先生らが新たなin vitro髄鞘モデルとして開発しているヒトiPS細胞由来髄鞘オルガノイドの構造を、超解像共焦点レーザー顕微鏡システムAX/AX R with NSPARCで撮影した事例を紹介する。従来、生体から採取した髄鞘は電子顕微鏡で観察する手法が主流である。しかしながら、電子顕微鏡で3次元に観察するには大量の切片を作製する必要があり、且つ撮影範囲が狭いため、時間と手間がかかる。本事例は、電子顕微鏡を用いずともAX/AX R with NSPARCにより髄鞘の形成過程ならびに微細構造を観察できることを示す。さらに、発症機序解明や治療法開発に貢献する新規in vitro髄鞘モデルの可能性を示唆するものである。

キーワード:超解像イメージング、オルガノイド、髄鞘、ミエリン、iPS細胞、脱髄性疾患、スフィア

図1.髄鞘オルガノイド作製の概要

(A)培養用チップとオルガノイドの配置。それぞれのオルガノイドから軸索あるいはオリゴデンドロサイトが流路へ伸長する。

(B)神経細胞オルガノイド側の軸索を切断。回収後、蛍光免疫染色を行った。

髄鞘オルガノイドの作製

自己組織的に軸索束を形成させることができるマイクロ流路と、その両端に細胞スフィアを配置培養可能な特殊な構造のチップを用いて髄鞘オルガノイドを作製した。流路の片側にヒトiPS細胞から分化させた神経細胞オルガノイドを、もう一方にヒトiPS細胞から分化させたオリゴデンドロサイトオルガノイドを配置し共培養した(図1A)。神経細胞オルガノイドの細胞体から軸索が流路内へ伸長し、オリゴデンドロサイトのオルガノイドからオリゴデンドロサイトが神経細胞オルガノイド側へ軸索上を遊走しミエリンを形成する。培養用チップから取り出す際は神経細胞オルガノイドの端を切り離し回収した(図1B)。

髄鞘オルガノイドの超解像イメージング

髄鞘オルガノイドの軸索とミエリンを標識するため、1次抗体として神経細胞マーカーであるTUJ1(β-tubulin III)、ミエリンのマーカーであるMBP(Myelin basic protein)を用いて蛍光免疫染色し、神経オルガノイドの軸索束の根本を撮影した(図2A)。軸索(マゼンタ:TUJ1)近傍にミエリン(緑:MBP)が取り巻くように網目状に局在している様子を観察することができた(図2B、C)。

図2. 髄鞘オルガノイド軸索束の観察

青:核(DAPI)、緑:ミエリン(MBP)、マゼンタ:軸索(TUJ1)
(A)神経オルガノイドの全体像(落射蛍光顕微鏡画像)。
(B)軸索束のNSPARC撮影画像。軸索(マゼンタ)に沿ってミエリン(緑)が点在している。 
(C)(B)の300倍拡大表示画像。軸索に沿ってミエリンが点在し取り巻く様子がわかる。

【撮影条件】

(A)顕微鏡:Ti2-E
対物レンズ: CFI プランアポクロマート Lambda D 4X (NA 0.2)
カメラ:DS-Qi2、解像度:1068 x 1068画素

(B)、(C)顕微鏡システム:Ti2-E+AX R with NSPARC
対物レンズ:CFI プランアポクロマート Lambda D 100X Oil (NA 1.45)

スキャナー:ガルバノ、Averaging:なし、Zoom:4x、解像度:4K x 4K画素、Zスタックレンジ:4 µm、Z step:0.17 µm

髄鞘オルガノイド軸索の3D観察

さらに軸索近傍に局在しているミエリンの様子を詳細に観察するため、AX/AX R with NSPARCでZスタック撮影し、画像統合ソフトウェアNIS-Elementsを用いて3D再構築した(図3、図4)。3D像では軸索(マゼンタ:TUJ1)の周囲に一定の間隔でミエリン(緑;MBP)が巻き付くように局在していることが示唆された。従来の電子顕微鏡画像では髄鞘の断面を観察する例が多いため、ミエリン表面の様子を詳細かつ3D観察した事例は珍しい。

図3. 髄鞘オルガノイド軸索の3D画像
(A)左45°、(B)正面、(C)右45°
緑:ミエリン(MBP)、マゼンタ:軸索(TUJ1)

【撮影条件】

顕微鏡システム:Ti2-E+AX R with NSPARC
対物レンズ:CFI プランアポクロマート Lambda D 100X Oil (NA: 1.45)
スキャナー:ガルバノ、Zoom:4x、
解像度:4K x 4K画素、Averaging:なし
Zスタックレンジ:4 µm、 Z step:0.17 µm

図4. 図3の拡大画像(図3の枠内)
(A)左45°
(B)正面
(C)右45°
緑:ミエリン(MBP) 
マゼンタ:軸索(TUJ1)

まとめ

ヒトiPS細胞から作製した髄鞘オルガノイドの軸索束部を超解像共焦点レーザー顕微鏡システムAX/AX R with NSPARCを用いて撮影し、画像統合ソフトウェア NIS-Elementsにより3D画像を構築した。立体的な構造を観察することでミエリンが軸索に近接して存在する様子を鮮明に捉えることができた。

本アプリケーションノートで紹介した、神経細胞とオリゴデンドロサイトの共培養による髄鞘オルガノイドのAX/AX R with NSPARCによる観察は、電子顕微鏡のように煩雑な前処理作業を必要とせず、軸索への髄鞘の巻き付きを直接捉えることができる。また、電子顕微鏡とは異なり撮影範囲が広い。さらにスライス標本も作る必要がなく、Zスタック画像をNIS-Elementsで3D構築するだけで容易に立体的な構造の観察が可能である。

長寿化や複雑な環境因子により、神経疾患の有病率は増加傾向にある。神経疾患は神経が制御する全ての臓器、組織の機能異常を呈するため、その症状は多岐にわたる。神経疾患はヒトのQOL(Quality of Life)を著しく害する疾患が多く、克服が急務であり課題である。髄鞘の損傷により生じる脱髄性疾患も、感覚障害、運動機能障害、精神障害など様々な症状を呈しQOLの低下を余儀なくされる。発症には自己免疫反応が関与していると言われているが、原因が同定されていないため治療は対処療法のみであり、原因療法の開発が望まれている。このような脱髄性疾患の原因探索や薬剤評価には、軸索上の髄鞘の巻き付きや形状を直接評価できる系が有効である。しかしながら、これまで評価に適するin vitro髄鞘モデルが確立されていなかった。

AX/AX R with NSPARCによる髄鞘オルガノイド画像を用いて、正常と疾患髄鞘オルガノイドの表現型の違い、あるいは疾患由来の病態モデルに対する薬剤添加前後の髄鞘形成の活性化や髄鞘の配置の規則性の変化量を定量することで、薬効評価が可能になると考えられる。さらに免疫細胞との共培養あるいは炎症性物質の影響を直接観察評価することで、疾患原因の解明や原因療法開発への貢献が期待される。

謝辞

サンプルの作製ならびに提供、数々のご助言等、多大なご協力をいいただいた、国立研究開発法人 国立成育医療研究センター 生殖医療研究部部長 阿久津 英憲先生、吉井 祥子先生に深謝いたします。

参考文献

Alexander Kister and Ilya Kister, Overview of myelin, major myelin lipids, and myelin-associated proteins. Front Chem., Volume 10 (2022)

用語説明

髄鞘(ミエリン鞘、myelin sheath)

神経軸索を何重にも包む脂質に富む細胞膜。脂質二重膜層が最大100層重なり、層の間にMBP(Myelin basic protein)が存在する。軸索を電気的に絶縁し、神経インパルス(活動電位)を軸索に沿って速やかに伝播させる。髄鞘の損傷により絶縁機能が破壊され、軸索に沿った神経インパルス伝播の遅延や不全を起こし神経機能障害を生じる。髄鞘損傷や分解に関連した疾患は、多発性硬化症の他に,視神経脊髄炎,認知機能低下など複数ある。

Product information

超解像共焦点レーザー顕微鏡システム AX/AX R with NSPARC

超解像ディテクターNSPARCは、25個のアレイディテクターにより、従来の共焦点レーザー顕微鏡システムAX/AX Rの機能を損なうことなく、さらなる高解像度を高S/N比で実現します。