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大阪大学・ニコンイメージングセンターシリーズセミナー第32回

スピーカー:

  • 大川 恭行 先生

    九州大学生体防御医学研究所 所長 トランスクリプトミクス分野 教授

・演題:「空間マルチオミクスによる細胞運命制御の超高次元解析:蛍光切断型抗体「PECAb」が開く生命科学の新展開」

・要旨:生体を構成する細胞がいかにして自身の役割を決定し、組織としての複雑な秩序を形成するのか。この「細胞運命決定」のプロセスを理解するためには、細胞内の分子情報を、組織内における位置情報と紐づけて包括的に解析する必要がある。しかし、従来の解析技術では、一度に観察できる分子の種類に限度があり、複雑なシグナル伝達ネットワークの全体像を捉えることは困難であった。

本講演では、新規空間オミクス技術「PECAb(Precise Emission Canceling Antibodies)」システムについて概説する。PECAbは、独自の化学リンカー技術により、抗体の特異性を損なうことなく蛍光シグナルのみを温和な条件下で切断・除去することを可能にした。これにより、同一の組織切片上で数百種類以上のタンパク質発現を連続的かつ高精度にイメージングすることが実現した。特に、従来のDNAバーコード抗体法で課題となっていた核内バックグラウンドを劇的に低減させ、転写因子やヒストン修飾の正確な定量を可能にした点は、細胞の状態制御を解明する上で大きな進歩である。

さらに本技術は、連続的な一分子RNA-FISH法と統合することで、プロテオーム(タンパク質)とトランスクリプトーム(RNA)の情報を1細胞レベルで融合させることができる。この「空間マルチオミクス」のアプローチにより、細胞外からのシグナル入力が、いかにして核内の遺伝子発現プログラムを書き換え、細胞の状態遷移(Cell State Transition)を引き起こすのか、その時空間的なダイナミクスを擬似時間軸(Pseudotime)解析等の数理モデルを用いて再構築することが可能となった。

PECAbシステムの技術的なブレイクスルーを中心に、シグナル伝達経路の可視化や組織微小環境の解析、さらには細胞老化や組織再生といった具体的な応用例を交えながら、本技術が切り拓く生命科学の新たなパラダイムについて議論するとともに、マルチオミクス解析の最先端技術開発について紹介したい。

主催: