アプリケーションノート

多光子顕微鏡を用いた赤血球の THGラベルフリー高速イメージング

2024年1月

多光子顕微鏡観察では、自家蛍光の他にも蛍光標識されていない生体構造が観察されることがある。これは高調波発生と呼ばれる、物質との相互作用で発生する非線形現象によるもので、入射光の1/2波長の光が得られる現象が第二次高調波発生(SHG:Second harmonic generation)、入射光の1/3波長の光が得られる現象が第三次高調波発生(THG:Third harmonic generation)である。SHGではコラーゲン繊維や横紋筋のミオシンなどを、THGでは細胞膜や軸索などを、非染色で観察できる。

本アプリケーションノートでは、高速多光子共焦点レーザー顕微鏡システム AX R MPを用いて赤血球のTHGラベルフリー高速イメージングを行った例を紹介する。

キーワード:多光子顕微鏡、ラベルフリーイメージング、in vivo イメージング

1. 実験のイメージ図

波長1300 nmの光源を使用し、1/3の波長となった433 nmのTHG信号をシングルバンドパスフィルターを通してNDDのPMTで検出した。サンプルはオープンスカル処置したH-lineマウスを使用した。

レーザー:Coherent社 Chameleon Discovery NX
対物レンズ:CFI75 Apo 25XC W/NA 1.1
シングルバンドパスフィルター:Semrock社 FF01-427/10-25

実験の概要

赤血球は動脈・静脈・毛細血管などを流れ、体に取り込んだ酸素を循環させる役割を担っている。これは、赤血球に含まれるヘモグロビンというタンパク質が酸素と結合することで行われる。ヘモグロビンは特に強いTHG信号を発することが知られており、これにより赤血球をラベルフリーで観察することができる。

本アプリケーションノートでは、AX R MPを用いてマウスの赤血球を観察した(図1)。

実験結果

始めに、脳表血管の観察像を取得した。低倍率で撮影すると赤血球の分布から血管のネットワークまで可視化できた(図2 (a) )。スキャンズームで倍率を上げると、矢印で示すように一つ一つの赤血球が合流および分岐する様子がとらえられた(図2 (b) (c) ) 。

(a) 血管の低倍率画像

スキャナー:レゾナント
解像度: 512×512 画素
撮影速度: 30 fps
ズーム:2x
ピクセルサイズ:0.69 µm

(b) 血管(合流部)の拡大画像
赤血球が赤矢印の方向に合流している。

スキャナー:レゾナント
解像度: 512×512 画素
撮影速度: 1.9 fps
ズーム:9x
ピクセルサイズ:0.15 µm

(c)血管(分岐部)の拡大画像
赤血球が赤矢印の方向に分岐している。

スキャナー:レゾナント
解像度: 512×512 画素
撮影速度:30 fps
ズーム:9x
ピクセルサイズ:0.15 µm

2. マウス脳表血管の俯瞰画像と拡大画像

次に、赤血球の大きさと移動速度を求めた。本実験では赤血球の動態を実時間でとらえるため、 Y方向の画素数を限定するバンドスキャンとレゾンナントスキャンを用いて226 fpsの高速タイムラプス撮影を行った。取得した画像をDenoise.ai(機械学習によるデノイズ処理)により平滑化したのちに(図3 (a) )、セグメンテーション処理を行い(図3 (b) ) 、赤血球の重心を追跡した(図3 (c) ) 。赤血球の大きさは平均7.1 µm(長軸)であり、移動速度は0.18 µm /msであることがわかった。赤血球1個当たりの撮影時間は約1.7 msであり、その間に赤血球が0.3 µm程度移動していた計算となる。すなわち赤血球の大きさが実際より移動方向に0. 3 µm程度伸びて撮像された可能性があるが、これは赤血球の長軸に対して4%程度であり、移動速度の解析においては十分小さい値である。このように、レゾナントスキャナーで撮影することで高速な生命現象をとらえることができた。

図3. 高速撮影による赤血球の移動速度の計測
(a) 生データとDenoise.ai処理後の画像。右にラインプロファイルの結果を示す。
(b) セグメンテーションした画像。青線が赤血球の長軸を示す。
(c) トラッキングした画像。黄破線が赤血球の重心を繋いだ軌跡である。

【撮影条件】
スキャナー:レゾナント
解像度:512×64画素
撮影速度:226 fps
ズーム:9x
ピクセルサイズ:0.15 μm
bit数:12 bit(4096階調)

最後に、赤血球の変形能を評価した。赤血球は毛細血管などの細い場所を通るときは形を変えることが知られており、図3 のタイムラプス画像を用いて定量解析した。図4 (a) において黄矢印の細い血管へ進む赤血球に注目し、そのタイムラプス画像を図4 (b) に示した。赤血球が血管径に合わせて形態をダイナミックに変える様子がとらえられた。楕円率を解析すると、1.4から2.4へ大きく変化したことがわかった(図4 (c) )。

4. 赤血球の変形能の計測
(a) 血管壁を緑線で示し、赤血球の流れる向きを黄矢印と青矢印で示した。
(b) 黄矢印の方向に流れた赤血球のタイムラプス画像。
(c) タイムラプス画像から楕円率を計測した結果。 (b)のタイミングの楕円率を赤矢じりで示した。

【撮影条件】
スキャナー:レゾナント
解像度:512×64画素
撮影速度:226 fps
ズーム:9x
ピクセルサイズ:0.15 μm
bit数:12 bit(4096階調)

まとめ

AX R MPを用いたTHGイメージングにより、赤血球をラベルフリーで可視化することができた。また、レゾナントスキャナーで高速イメージングすることにより、赤血球の動きや形の変化をとらえることができた。

近年、動脈硬化症・糖尿病・高血圧症・脳血管疾患といった生活習慣病が大きな注目を集めている。今回紹介した手法を用いることで、生体内での高速の現象を余すことなく観察することが可能である。本手法が、病態解明や治療法開発に貢献できることを期待する。

謝辞

サンプルの作製ならびに提供、イメージングや生物学的ご意見などの全般において多大なご協力をいただきました、自然科学研究機構 生命創成探究センター長の根本知己先生、同センターバイオフォトニクス研究グループの石井宏和先生、渡我部ゆき様に深謝いたします。

Product Information

高速多光子共焦点レーザー顕微鏡システム AX R MP

広視野・高速・高解像度の深部イメージングを実現。柔軟なサンプル設置を可能にする広いスペースを確保。

  • 広視野:視野数22
  • 高速:最速毎秒720フレーム(2048×16画素)/レゾナント
  • 高解像度:最大8K画素/ガルバノ、2K画素/レゾナント