開発・企画インタビュー ニコンの力をこれからの医療へ ~デジタルソリューションに注力したヘルスケア事業の展開~

日々、多忙さをきわめる医療現場。とくに病理検査においては病理医不足が深刻化し、1人あたりの作業負担や重責が増しています*1。ニコンはこの現状を受け、独自の光学技術とAIを活かしたデジタルソリューションによるヘルスケア事業を展開。ワークフロー改善や病理診断の支援に貢献しています。そして、さらに今後、どのようなアプローチにより何を目指すのか。持てる力をこれからの医療に向けるニコン ヘルスケア事業への思いを、マネジャー、開発、薬事、マーケティングのメンバーが語ります。

ヘルスケア事業部
マーケティング統括部
マーケティング部
第一商品企画課 課長
西川 宗
いま、ニコンがヘルスケア事業でデジタルソリューションに注力する背景とは?
西川:いま、日本は深刻な病理医不足にあります。私たちは、その現状に鑑みて、病理医1人当たりの作業負荷軽減を目指したソリューションを提供したく考えています。
たとえば、イメージングデバイスの発展形として登場したデジタル正立顕微鏡は、接眼時に窮屈な姿勢から解放されるほかモニタでのスムーズな情報共有が図れ、接眼レンズを覗くことが不自然に感じるスマホ世代の病理医に向けたソリューションにもつながると期待しています。
また、こうした病理医不足にありながらも、検査室には常に正確な診断が求められます。そこでニコンはAIを活用した診断精度の向上にも取り組み、それは医師による確定診断の支援に貢献できるものと期待しています。現在、とくに希少疾患の診断支援などに向けたソリューションの実現化を考えているところです。

ヘルスケア事業部
技術統括部
システム開発部 部長
佐瀬 一郎
デジタルソリューションによる医療支援の実現に向け、いまの技術・開発面での取り組みは?
佐瀬:追い求めるテーマのひとつとして、使いやすさが挙げられます。先述のデジタル正立顕微鏡でも実際のニーズにあったGUIを検討するため、医師をはじめ現場の方々の声を聞くほか、デザイン部と連携して利用環境の精査にも努めました。
現場に赴くと、机上では気づかないことを多く学びます。たとえば、診断作業では標本画像を俯瞰的に見て、全体を把握してから臨みます。したがって、低倍観察での確認も重要ですし、マクロからミクロへの切替時は対物切替よりもデジタルズームのほうが効率的だということもわかりました。
さらに、いわゆる“一人病理医施設”では、病理医に集中する重責を目の当たりにしました。こうした施設では、誤診ケアのためのセカンドオピニオンに向けた体制や患者様をお待たせしない効率的なオペレーション、そして院外にアドバイスを求める際の厳重な個人情報管理などが必要なのだということを本当に強く実感できました。
これらの経緯を踏まえてデジタル正立顕微鏡のGUIを試作したところ、実際に病理医の先生方には、こちらからの説明なしで直感的に観察操作をしていただくことができ、好評価をいただけました。この経験を通じて、私たちは技術面から医療の課題解決への第一歩を踏み出せたと感じています。

ヘルスケア事業部
品質保証部
薬事課
神谷 仁支
薬事やマーケティングの立場からみた、ヘルスケア事業の展開における課題とは?
神谷:ヘルスケア製品の開発では、レギュレーションへの準拠は前提の議論として非常に重要です。
たとえば、クラウドサービスです。本サービスは医療機器規制の対象外ですが、ユーザー様の大切なデータをお預かりするにあたって、基本的に「個人情報の保護に関する法律」「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」などに則った対応が必要となります。これにともなって多くの検討課題がありましたが、マーケティングや開発の部門とともに協議を重ね、病理標本画像を保存・閲覧するデータ共有サービスが展開できるようになりました。
これでようやく、病理診断の現場の業務改善をいち早く実現するという、当初の志を果たした思いです。
今後は、デジタル化が進む医療情報のデータ管理の負担低減や閲覧の利便性を向上させるなど、よりいっそう病理診断の分野に貢献するサービスを実現させていきたく思います。

ヘルスケア事業部
技術統括部
システム開発部
第一開発課
森山 真樹
森山:病理診断の現場は大量の病理標本を抱えています。それらをデジタル化してデータベースを構築することで容易に管理することができ、画像を共有して先生方の画像供覧をスムーズに行うことができます。つまり、医療現場で長年の課題とされてきた大量の病理標本の管理*2や、やり取りにおける課題の解決につながるのです。
このような背景からニコンでは、病理画像の管理やクラウド上での共有ができるデジタルソリューションを通じて、病理診断に携わる先生方の負担を軽減すべく医療機器の開発にのぞんでいます。
さらには、将来的には患者様への病理診断結果の迅速な提供をサポートできるようなクラウドサービスの構想を描いています。

ヘルスケア事業部
マーケティング統括部
マーケティング部
コミュニケーション戦略課
小菅 千晶
小菅:医療機器は、企画・設計をはじめ各担当部門が用途やレギュレーションに細心の注意を払って開発が進められます。マーケティング部門でも同様に、レギュレーション等に留意しながら販促にあたります。たとえば、販促コンテンツに記載した内容が製品の意図する用途の範囲を超えない表現になっているか。販促上のあらゆる表記では「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」に準じて言葉の表現や注釈記載の隅々まで気を配っています。
また、最近はweb・カタログに加え動画にも注力して製品の良さを訴求し、その際はたとえば起用モデルの人種多様性にも配慮するなど、グローバルブランドを意識した情報ツールの制作を心がけています。
さらに、用途別にコンテンツ情報の方向性を明確にすることも大切で、ツールの使用シーンが展示会かwebか、情報が製品コンセプトなのか具体的な機能なのかなどにより制作内容も変わります。世界の販社の方の意見を聞き調整していく神経を使う業務ですが、ブランドの信頼性と革新的な知見を融合させたコンテンツを制作し、「医療機器メーカーといえばニコン」というイメージにつながるよう邁進していきたいと思います。
ニコンのヘルスケア事業における今後の展望は?

佐瀬:ニコンは2030年に向けた中期経営計画のなかで、イノベーションを通じて人々のQOL(Quality Of Life:生活の質)向上の支援をしたり、画像やデータを活用した科学・医療・創薬分野での新たな価値の創造を掲げています。より多くの患者様を不安から解放して、QOLを上げていく。そのために、ニコンの光学技術やAIによる画像解析技術などを活かしたソリューションを提供していきたいと考えています。
近年ではクラウドやAIによって病理診断の方法が大きく変わりつつあります。病理医の先生方の不安や負担を軽減するために、私たちはそうした新たな技術を積極的に活用していきます。今後は一層、テーラーメイド医療といった患者様個々に応じた診断・治療の流れが顕著となっていくでしょう。AIを導入した診断がますます広がるなかで、ニコンの存在感をより強めていきたく思っています。

西川:目の前の社会課題をどれだけ自分ごととして捉えることができるか。我々の事業によって、将来的に自分や家族の命が救われるかもしれない。そういったことを夢見て追求していくことで、最終的にはお客様の健康やQOLを実現できると思っています。
ニコンは、「モノ売りからコト売りへ」をスローガンとして、一人ひとりのベネフィットに応じたソリューションを、ヘルスケア事業において展開していきます。私たちの技術やソリューションを通して、患者様それぞれの状態にもとづいて投薬や治療をおこなうテーラーメイド医療を提供する。そんな未来を見据えています。
ご自身の今後に向けた思いを一言

佐瀬:医療現場の困りごとに耳を傾け、皆さまが抱える課題に愚直に取り組み、改善する集団として認められるよう、日々挑戦していきたいですね。
西川:光学顕微鏡は、まだまだ開発職や技術職の方のツールというイメージが強いのですが、ヘルスケア事業部では皆様と健康をつなぐ「ラストワンマイル」を埋めるソリューションへと昇華させようと考えています。そのためのアイデアを、これからはどんどん試していきたいですね。
神谷:医療機器規制をはじめとした各種レギュレーションと真摯に向き合い、それらに準拠したヘルスケア製品の開発・販売に貢献したく思っています。
森山:ニコン独自の技術をもってできること、ニコンにしかできないことを通じて、患者様と医療業界へ貢献したく思います。
小菅:ヘルスケア分野では、難解な知識や用語に出会うことが少なくありません。しかし、私たちは、わかりやすく肩の力を抜いて受け手の方々に接していただけるよう、これからの情報発信に努めたく思います。
*1 日本病理学会. 「病理専門外来をもつ病院が少ない理由」. https://pathology.or.jp/ippan/outpatient-04.html, (参照2023-03-17)
*2 日本病理学会. 「患者に由来する病理検体の保管・管理・利用に関する日本病理学会倫理委員会の見解」. https://pathology.or.jp/jigyou/shishin/guideline-160531.html, (参照2023-03-17)
*所属および掲載内容は取材当時のものです。